02




時を遡ること100年前。
まだソウルソサエティも、現世も平和な時代だった頃だ。
今となってはあの頃が一番平和で、一番幸せだったのかもしれない。きっとこれからも。

初めて"隊長"になって数日間は見事なくらいに馴染めなかった十二番隊。まあ、副隊長さんのせいなんスけどね。


――――


「はぁ〜、ボクに隊長なんて荷が重すぎるんスよ〜」

大きな隊舎室の中でぽつりと呟いた。"隊長"だなんて、夜一サンだけでいいではないか。
その方が可愛い女の子や人妻やいろーんな女性とイロイロ楽しむことができたのに。
今じゃ忙しくてそんな時間も取れないのだ。
それに、挨拶だの書類だの部屋の整理だの面倒くさいといったらありやしない。しかし、今やらないと副隊長サマのきついお叱りを受けることになるし、まず自分がやりたいことのために改造しなくてはならない。
ある意味好きなことを好きなだけやれる良い機会だったのだが、やはりゼロからのスタートはなかなか面倒なものなのだ。


窓からは同じ隊の女の子が歩いているが見えた。
なかなか可愛い、というより綺麗というか、儚げというか。

まあ、十二番隊の隊員を物色するつもりは毛頭ない。が、ついつい可愛い女の子はいないだろうか?なんて見てしまう。

さすがに同じ隊での恋愛はしたくないし、まして自分は隊長だ。変な噂を立てられても困るし、贔屓をしているみたいでとても嫌だ。

正直、深い恋愛などしたことがないし、するつもりはない。女と言うものは実に怖い。約束をスッポカしただけで、すぐに別れるだの浮気だの言いたい放題なのだ。
大抵そういう女は見た目だけを無駄に取り繕う化け物みたいなものなのだが。
まあ、そんな女ほど扱いやすいものはない。
今日は時間があくだろうか?早めに切り上げて、そんな馬鹿な女の元に行こうか。



そうぼんやり考えていると、隊舎室のドアが勢いよく開いた。ああ、副隊長サマのお出ましだ。

「なんや喜助、全然進んでないやんけっ!このチンカスが!」

「ひどいッスよぉ、女の子がそんな汚い言葉使ったらモテませんよぉ〜?」

「う、うるさいわハゲッ!!!いい加減にこの書類を提出してこいっちゅーねん!!」

「はあ、ボクはげてないッス…」


渋々、随分前にどうにか終わらせた書類を持って久しぶりに外に出た。普通こういうのは部下がやるもんだと思うが、今のところ自分は平隊員より下に扱われているようなものだから何も言えない。
外に出ればいつの間にか夕方になっていて、夕焼けがとても綺麗だった。
少しひんやりした空気が肌に当たって気持ちが良い。カラン、と下駄が乾いた音を鳴らした。




「すいませ〜ん、平子隊長いらっしゃいますでしょうか〜」

ソロリと五番隊の隊舎に入り込む。隊長の羽織はやはり効果絶大ですぐに通してくれる。
しかしこの緊張感は何日経っても慣れない。
するとお盆を持った五番隊の隊員さんが現れた。

「平子隊長はいま外出中ですよ」

「あっ、そうなんスか…」

「私でよろしければ、隊長にお渡ししておきますが」

「いやぁ、有難いッス…すいませんねぇ」

「いえ、大事な書類でしょう?見られてはいけないようでしたら、こちらの封筒にお入れ下さい」

「えっ、あ、ホント申し訳ないッス…」

「ふふ、大丈夫ですよ。では浦原隊長様のお名前をこちらにお書き下さい」

「…はぁ…」

やはり敬語には全く慣れない。目の前にいる彼女のような敬語は尚更苦手である。

封筒を渡してくれた彼女の手はとても綺麗だった。そして、左手の薬指にはしっかりと指輪がはまっていた。少し残念に思う自分は相当女に飢えている。
髪の毛は真っ黒で、艶があって、さらりとしていて触りたくなるような髪だった。白い肌はその黒によく映える。
綺麗だ、なんて思っていたらばちりと彼女と目が合った。

あれ?どこかで見たような。


「…何か?」

「え、いやぁ、綺麗だなーなんて、ハハハ」

「面白い隊長様ですね、ふふ」

「すいません…」

いつもの潔さはどこに行ったのか、たどたどしい切り返ししかできない。
彼女は平子隊長と面識があるくらいだから、きっと席官に違いない。今までは平隊員か死神じゃない女か、遊女かだったためか、どうやら緊張をしてしまう。それに、彼女は既婚者ではないか。
人妻はわりかし燃えるほうなので好きなのだが、何故か彼女が既婚者であることに落胆していた。

しかし、こう会話をしていくうちに、先ほど窓から見えた女性ととても似ていることを思い出した。
きっと何か十二番隊に用があってたまたま来ていたに違いない、変に切り出すのはやめておこう(ストーカーに思われたら大変だ)。


「あのぉ、そういえばお名前は…」

「なんや喜助ー、五番隊に何か用あるんかー?」

「あ、隊長、お帰りなさい」

「おうおう、いつ見てもかわええのぉ、みょうじチャンは!」

「もう、やめてください隊長…」

「あとで美味しゅう茶ァ入れてなー。で、なんや喜助は?」

「ボクは書類を提出しに…」

ちらりと彼女のほうを見る。

「あっ、これです隊長」

「おースマンのー…。げ、なんやこのめんどい書類は…」

「まあ、面倒ッスけどよろしくお願いします」

「はぁー、とりあえず喜助、お疲れサン」


そう言って長い綺麗な金髪を揺らしながら部屋の中に入って行った。

すると突然に彼女が話し掛けてきた。

「あの、先程の質問ですが、みょうじ美鈴といいます。」

「へっ、あ、美鈴サンって言うんスね、ありがとうございます。ボクは浦原ッス。知ってると思いますけど…その、よろしくッス」

苦笑しながら言うと、柔らかい笑顔で答えてくれた。

嗚呼、もしかしたら、ボクは彼女に一目惚れしたのかもしれない。
いつもなら、綺麗な女性に出会うとあの手この手で何かしら誘い込むのだが、彼女にはそんな馬鹿な真似をしたくない。
だから名前くらいしか聞くことができなかったのだ、情けない…


「存じ上げておりますよ。よろしくお願いします。」

「ボク敬語使われるの苦手なんスよぉ…、あんまり使わないでくれると有難いんスけど…」

「…いえ、それでもやはり隊長様ですから。でも友好的な人柄なんですね、平子隊長が気に入るのも納得いきます」

「えぇっ、そうなんスか?」

「すごいお気に入りみたいですよ、よくお話に出てきます。だから少しお話してみたいなあ、とは思っていました」

「そ、それは光栄ッスね…」


他の隊長から自分のことをあれこれ言われるのは怖いが、どうやらそのおかげで彼女との接触ができたのだ、というか、彼女が関心を抱いてくれたのだ。
ものすごく純粋に嬉しいと思う自分が少し気持ち悪いくらいだった。

談笑している間に、またちらりと見える彼女の薬指が気にかかった。
そうだった、と再び落ち込む自分の滑稽さに笑えてきた。

そろそろ十二番隊に戻ろう。彼女とまだまだ話していたいが、向こうにもやらなければならないことがあるだろう。


ああ、なんだか、やるせない気持ちッス。
既婚者だと分かっていてもまた話したいと思ってしまう自分がいた。




20130202




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