曖昧さが夏を焦がす


蝉がうるさい、そして喉がとても渇いた。仕方がないから重い体をゆっくりと起こし、枕元にある携帯電話をチェックすると、絶望した。

「まじかよ。もう11時かよ」

二度寝をしようか、などと考えていた自分に無性に苛立った。そう、今は夏休み。高校生ラストの夏休みに突入した。つまりは受験生である。
今から急いで自習室に駆け込んでもきっと席はないだろう。もうみんなは多分朝早くに起きて既に勉強に精を出しているに違いない。
それに比べて自分はいつもの休日のように昼近くまで寝ていたことが恥ずかしく思った。
夏休み前までは無駄に張り切っていた計画表は、呆気なく出来ないでいた。朝6時に起きて、単語やって日本史のテキストを何ページ覚えて…ぐうたらな自分には不可能なことを何故かあの時はできる!なんて思ってしまったのだ。

Z組のみんなはどうしているだろうか。さすがに危機感を感じて勉強しているだろうか。まあ、でも夏休み前から塾だの夏期講習だの色々話してたからもうスイッチは入っているのか。そう思えば、さらに自分のだらしなさに笑えた。

太陽は既に昇りきって、じりじりとアスファルトを焦がしている。たまらなく暑い。
じっとりと額や背中に汗をかいているのが分かると余計に気持ち悪くなった。これだから夏は嫌いなのだ。

仕方がないから今からシャワーを浴びて、それからどこかに入って勉強すればいい。うん、そうしよう。
洗面所の鏡に映った自分を見れば、寝癖だらけの髪の毛、寝すぎて腫れている目が憎らしかった。受験生だってのに。

「そういえば髪伸びたな」

いつから切ってなかっただろう。多分、今年に入ってから切ってない。いつの間にかロングに近くなった髪はとても傷んでいた。
もう、切っちゃおうかな。暑いし。邪魔だし。

「…美容院いこ」

決めたからには実行するべし。急いでシャワーを浴びて美容院に駆け込もう。
勉強から逃げてる?そんなことない。だって邪魔なものは邪魔なの。
服は面倒くさいから制服でいいや。




「ありがとうございましたー」

ウィーンと自動ドアが開き、美容院を出た。…本当にばっさり切ってしまった。
なんとなく伸ばしていたものだから、別にショックも何もないのだが、この長さは思いっきりショートの部類に入るだろう。
それにしてもあの美容院に入ると余計に切ってしまいたくなる衝動はなんだろうか。まあそれでもかなりすっきりした。これでようやく勉強しやすくなるに違いない。めでたしめでたし。
夏休みに入って5日。ほとんど勉強はしていないのだが。

現在、午後3時。まだ太陽は沈むどころがさらに暑さを増している。
さてこれから高校に行って図書館かどっか空いてる教室に行こう。一応銀魂高校は遅くまで開放してくれている。カフェなどに行ってがやがやうるさい中で金を使ってまで勉強するよりはよっぽど良い。

それにしても本当に暑い。遅くに起きたのもあったが、今日は天気予報を見ていないから気温が何度だとか知らないのだ。
30度を超えていることには違いないのだけれど。


しばらく歩けば、つい前まで毎日通っていた銀魂高校が見えた。
中に入って部活動をしている風景を見つめながら、とりあえずはZ組へと向かう。どうせ誰もいないんだ。クーラーをガンガンにつけてやろう。もうこの際エコだの節電だの気にしてられない。それほど暑いし汗も相当出ていたのだ。

がらり。あれ、意外に結構涼しい。誰かいるのかと見てみるも、誰もいない。
誰かがクーラーをつけっぱなしにして帰ってしまったのだろうか?もったいないなあ、とさっきの考えとは矛盾したことを思う。
とにかく涼しい教室に入れたのはラッキーだ。自分の席に座って、タオルやら汗ふきシートやらを出して暑さをなくそうとした。
あ、髪が短いってこんなに楽なんだ。ペットボトルのお茶を飲んで一息ついていると、教室のドアが開いた。

「あれ、剛田さん?」

「山崎くん」

「えっ!なに!髪切ったの?!」

ものすごいオーバーリアクションをされた。そんなに珍しいか。最近は結構ショートが流行っているというのに(美容院の人から聞いただけ)。
うわーとかおーとか1人で勝手に盛り上がっている山崎くんは私の前の席に座った。というより、席順が単にその通りなだけなのである。

「もしかしてずっといた?」

「うん。そうだよ」

「じゃあどこ行ってたのー、私が来た時誰もいなかったよ」

「図書館でちょっと赤本をね」

そう言って赤本を私に見せてくれた。なかなかの有名大学の名前がでかでかと書かれていた。

「そうなんだ。山崎くんここ受けるのー。ザッキー大丈夫なの?」

「失礼な…てかザッキーてなに。だから頑張っているんだよ…剛田さんはもう具体的に学部とか決めた?」

「ぜーんぜん」

「そっかあ。まあ夏休みのうちに決まればいいんだよ」

まるで先生のように言われたことにちょっとむかついた。こいつ地味なくせに…

「うるさい。ジミー。」

「ちょっとオオオオオオオオ!!!」

あーもう余計に勉強とかどうでもよくなった。なんだ。やっぱりみんないっぱい勉強してる。この地味な山崎くんでさえ、もう志望校も決まってる。
「地味って聞こえてるから」とか幻聴がしたけど気にしない。目の前でぎゃーすか言う山崎くんが遠い存在に思えた。地味だけど。

「はあー。もう私駄目だー」

「ねえ、さっきから地味に地味っていうのやめてくんない」

「やだ山崎くん。自分で地味ばっか言ってると余計に地味になるよ透明になるよ」

「失礼にもほどがあんだろ!!!!!…ったく」

「…私、不安。みんなに置いてかれそうで。」

「……」

「今まで一緒にバカやってきたのに、一気に受験モードに入っちゃってさ。まだ受験モードにも入れてないバカもいるっつーのバカ」

「バカばっか言ってるとバカになるよ」

「黙れ地味崎」

「そりゃ、ね。てかみんなほんと不安だって。俺もそうだし。不安だから必死に勉強してるんだよ」

「んー」

「剛田さんは破滅的バカじゃないんだし、今からでも間に合うんじゃない」

「…そ、そうよね!髪もばさっと切っちゃったし!!」

「にしても本当にばっさり切ったよねー。結構ロングだったじゃない?」

「え、うん。なんか邪魔になっちゃって」

案外あっさりと話が反れてびっくりしたものの、こんな地味な山崎くん、いや地味崎くんとたくさん話せる機会はそうないだろう。「おいまた地味って言っただろ」…幻聴がさっきからひどい。

「いやーでも俺長かったころの剛田さんも好きだったなー、最初見たとき誰かと思ったよ」

「え〜なに私のこと好きなの〜うぷぷ」

「なんなのこの子すっげーうざい」

「あはは失恋でもしたかと思ったでしょ」

「失恋?その前に恋愛なんてできないでしょ」

「しばくぞコラ」

「まあ、でも。短いのもすっげえ可愛い」

「…………え?」

「剛田さん見た目可愛いのにさー、中身が相当おっさんなんだもんな」

なんなのなんなのこの人。地味なくせに、いや地味だからこそ、この地味な褒め方はなんなの。すっごい心臓がうるさい。「いい加減にしろよ」…そろそろ病院行こうかな。

山崎くんをちらりと見ると何事もなかったかのようにノートに何かを書いている。こ、こいつ。意外にも女慣れ(?)していたのか。地味に。

「…だから地味じゃないって。というか、俺、興味ない子に可愛いとか絶対言わないから」

「………………え?」

「じゃ、俺用事あるから帰るね。またね」

「え、うん、ばいばーい?」

なんでか疑問形になってしまったが、山崎くんはさっさと荷物をまとめて席を立った。そしてノートの切れ端を私に渡した。

「それ、俺のアドレス。」

「あ、え、はい」

「登録しとけよ」

それだけ言って教室を出て行った山崎くん。正直言って何が何だか分からない。ただ分かるのは、自分の心臓がいつになくうるさいこと。
もうクーラーで冷え切っている教室にいるのに、なんだか顔が熱かった。

…登録名は「地味」にしてやろうか。

高校ラストの夏。地味な野郎に色々言われてなんだかやる気、出ました。
とりあえず、英単語のテキストを開いた。




***

意味ぷーですね。受験生のみなさま、頑張ってください!



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