非情だと言う前に


「ジャイ子さん!」

「あ、総悟くん」

甘いマスクに甘い声の持ち主である総悟くんは、いつものように私を引き止めた。今日はお団子を2本持ってきてくれていた。きっと私の分なのだろう。
案の定、一緒に食べやしょう、と言われてこうやって縁側に座って二人並んで食べている。
私は真選組の女中をやっていて、総悟くんよりも2つ年上だ。亡くなったお姉さんを思い出しているのか、本当に私によく懐いてくれる。おかげで今は私の弟のような存在になった。

「今日はちゃんと仕事やったんですよ、僕!」

「あら、そうなの?偉いわね」

よしよしと綺麗な栗色をした頭を撫でると、嬉しそうに総悟くんは笑った。
もちろん、私、否、お姉さん以外の人にはこんな態度を取っていないのは知っている。もっと乱暴で、ものすごいサディスティックな面も、副長さんを激しく敵対視していることも知っている。
だからこうやって甘えてくれるのはとても嬉しい。きっと、というよりも確実にお姉さんを重ねているのは分かっているのだが。

「ジャイ子さん、ジャイ子さん、」

総悟くんに話しかけられてハッとした。少し色々と考えていたら彼の話を聞き流していたようだ。

「ごめんね、ちょっと考え事してた」

「…ジャイ子さん」

「なあに?」

「もっと、こっちに来てくだせェ」

返事をしないうちに、総悟くんはぐいっと私の肩を掴んで引き寄せた。
突然のことで戸惑いを隠せないでいると、ぎゅうと優しく抱きしめられた。それは、男の人のもので、私たちが姉弟ではないことを分からせた。

「あ、の」

「ジャイ子さん、僕のこと好きですか?」

「ええ、大好きよ」

「僕も大好きです」

「ええ」

この質問は最近よく彼にされる。離れて行って欲しくないのだろう。不安なのだろう、そう思っていたが、今日の総悟くんはなんだか違う。こんな抱き締められ方も、こんな耳元で囁いているのも初めてだ。

胸がだんだんドキドキと脈打つのが分かった。
沈黙が続く中、総悟くんが言った言葉は衝撃的だった。

「…ジャイ子さんが思っているような好きじゃないんです」

「え?」

「俺はジャイ子さんが異性として好きなんでさァ」


しゃべり方が急に変わって、今まで甘えているような雰囲気が一切なくなり、掠れて切ない声はより胸を締め付けた。返事を返せないで、ただ総悟くんの胸の中に顔を埋めていると、顔を上げてくだせェ、と言われて顔を上げるとやさしく唇が重なりあった。

やさしく、甘いキスは私の女を呼び覚ますのには時間はかからなかった。
初めてのキスではないのにこんなに切なくて甘いキスは初めてで、合間に名前を呼ばれて余計に苦しくなった。



「あのっ、総悟くん」

「…忘れてくだせェ。」

「……」

「なかったことに、してください」



そう言って、その場を立ち去って行く総悟くんの背中は弱々しくて益々私を苦しくさせた。
総悟くんはずるい。言うだけ言って逃げて行くなんて。

「総悟くんっ!」

「…なんでさァ」


だから仕返しに私からキスしてやった。


   非情だと言う前に





(お題:不完全燃焼中)








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