どうやら夜は終わりらしい


今日は、見事に晴れた。最近天気がぐずついていたものだから心配だったけど、こうやってツン、とした厳しい寒さが澄み渡る空気が好きだ。それに加えて、昨日の雨の匂いが残っていて、なんとも言えない寂しさを感じる。

「よいしょ、と」

濡れた冷たい雑巾を持って、立ち上がる。今日は、大晦日だ。特にすることもないので大掃除に励んでみるものの、一人暮らしの寂しい家だ、もうすぐ終わってしまう。まだお昼だと言うのに。

いらないものは思い切って捨てることにした。そう、昔の思い出だ。もう、いらない。

今日は大晦日であると同時に、その思い出の張本人の浦原さんの誕生日である。
浦原さんとは、2ヶ月前に別れた。まあ、一方的ではあるが。3ヶ月以上も放置されて付き合ってるとは言えないだろう。なあんにも連絡を寄越さずに。

結局、私だけ好きだったんだろうな。
あの不器用な優しさも、厳しさも、全て大好きだったのに。確かに、私には見せてくれない部分もあったが、無理矢理聞き出そうなんて思わなかった。嫌われたくない、という感情もあったし、正直気にならなかったのかもしれない。

もともと頻繁に会うわけでもなかった。私には女らしい仕草や服装が苦手だ。浦原さんだけが悪い訳じゃあない。だって、前にフリフリしたワンピースを見て可愛いなあとぼやいているのを見たことがあるし、可愛い系統のファッション雑誌を私に渡したこともあったんだから。私も少しは浦原さんの好みに合わせるべきだったかもしれない。
…こんな地味な色のカーディガン、嫌よね。まだ若いんだから、もっと明るい色を選ぶべきだった。今更あれこれ言ったところで、何もならないのだけど。

浦原さんとの写真や、お皿、マグカップ、縦じまの帽子、歯ブラシなどを段ボールに全て詰め込んだ。これでなかったことにしよう。

まだ大丈夫。まだ、傷付いてない。
私は結局自分を傷付けたくない弱虫なのだ。

心なしかずっしりと重く感じる段ボールを玄関まで運んだ。なるべく視界に入れないようにしたい。そうだ、少し自分を落ち着かせる為にコーヒーでも飲もう。
既に部屋はほとんど片付いているし、年末の馬鹿げたテレビでも見て、今年とサヨウナラをしよう。これで浦原さんともサヨウナラ。

どことなく悲しくて、苦いブラックコーヒーを流し込み、つまらないテレビを眺めていた。

来年はどんな年になるのだろう。浦原さんのモノも全て消し去った時、どんな日々を過ごすのだろう。人間の順応性が働いてきれいさっぱり忘れちゃうのかな。いつの日かは、懐かしいかったなんて笑える日が来るのかな。ああ未練がましい。



ふとケータイが光っているのを見た。ああ、友達や親に返信をしていなかったな、そう思って開いてみれば、なんと浦原商店の電話番号から履歴が残っていた。

「嘘でしょ…」

着信があったのは、20分程前。3ヶ月ぶりの連絡に戸惑いが隠せなかった。
否、今更よ、今更何を言うの?何事もなかったかのように振る舞うの?そんなのって………都合がよすぎるじゃない
毎日毎日、彼からの連絡を気にして、カレンダーを見てはため息をついていたのに、平然と着信を残す彼にどうしようもない思いが芽生えた。
どうして、どうしてこんなに浦原さんは私の心を乱すのだろうか。いくら自分の心のガードを固めたって、いとも簡単に入り込んでくる浦原さん。


やっぱり好きなのだ、彼がどうしても、どうしても。
そして気付く。こうやってひねくれているのは私なんだ、と。浦原さんが忙しいこと分かってた。むしろ私からアプローチをするべきだったのに、強がって、寂しくなんかないって思ってた。思えば、いつも受け身の愛だったのだ。ただ待っているだけ。こんなの、恋愛だの言えたもんじゃない。


「寂しいよ浦原さん………」


ポツリと呟けば、いつの間にか涙でいっぱいになっていたことに気付いた。自分が情けなくて、しょうがない。
そして、震える指で、浦原商店の電話番号にかけた。


「…もしもし」

「あぁ、なまえさん、…お久しぶりです」

「うん…久しぶり」

「…怒ってますよね」

「……」

「ごめんなさい。ずっと長い間何も連絡もせずに。今ようやく一段落ついたんで、謝りたくて…」

申し訳なさそうに謝る浦原さんに、激しい後悔が襲った。自分の我が儘さに、弱さに。


「…っ、ごめんなさいっ…!」

「はい!?」

「わたし…っ、もう浦原さんが…、私のことどうでもいいのかと思って…っ、勝、手に怒ってて…、それ、っに、強がってた…っ」

嗚咽が止まらなくて、喋り方もままにならない。でも、謝らなくてはならないのは私の方で、浦原さんの純粋な優しさに泣けてきてしょうがない。

「ちょ、ちょっと!なまえさん、な、なに泣いてるんスか?!なまえさんが謝る意味なんてないっスよ?!アタシがなまえさんのこと、ずっと放っていたのが悪いんス!それに、」

「ち、違うの…!浦原さんが、ものすごい重大なこと…っ、やってることくらい、分かってたのに…、っ…、勝手に寂しがって、浦原さんのこと…全然考えてなくて…っ、うー…」

「……なまえさん…」

「はい…」

はあ、と電話越しからため息が聞こえる。

「アタシ、幸せっス」

「…え?」

「こんなに、なまえさんが泣くほどに想われてたなんて想定外っス。正直、アタシだけが好きだと思ってましたから…」

「なっなに言ってんの!私、浦原さんのこと、…っ、大好きだよ、!」

「…あぁもう、なまえさん、会いたい。会いたいっス…」

「私も、会いたい…」


痺れるような切羽詰まった声を耳元で聞いたら、もう、会いたくて会いたくてしょうがない。早く浦原さんに抱き付いて、キスをして、浦原さんの体温を感じたい。こんな、電話越しの声なんかじゃ、全然足りない。


「今から会いに行きますから、絶対家にいてください。変に外に飛び出さないでくださいね、事故にでもあったら大変っスから」

「…うん」

なんだかようやく二人の間で絡まっていた何かがほどけた気がした。愛し合っていたのは変わりないけれど、今までとは違う優しさが見えた。私達って本当に不器用だなあ、そう感じた。


◇◇◇

インターホンが鳴り響き、久しぶりの再会をして抱き合った。懐かしい香りと、懐かしい体温を感じて泣きたくなるほどの安心感が沸いてきた。


「あ、お誕生日おめでとう、喜助さん」

「お、覚えてくれてたんスね…!なまえさん、アタシ嬉しくて泣きそうっス…」

「ふふ、大げさな」

「あと、夜の営みもご無沙汰っスよねン♪今日は張り切っちゃいますよン♪」

「………腰が痛くならない程度でね」

「なまえさんがいつになく素直…!!!あと名前で呼んでくれるなんて…!!」






◇◇◇

2日遅れのhappy birthday(無駄に発音良く)
そして謎の急展開

とりあえず、今年もよろしくお願いします!