▼ 備えあれば憂い無し
「高杉。俺はお前が嫌いだ、昔も今もな。だが仲間だと思っている、昔も今もだ」
風香が去ったあと、桂は高杉を睨みながら口を開いた。
「いつから違った、俺達の道は」
高杉はフッと鼻で笑うと、胸元から桂に斬られた冊子を取り出す。それは寺子屋時代に使っていた教科書だった。
「何を言ってやがる。確かに俺達は始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から俺達は同じ場所など見ちゃいめー。
どいつもこいつも好き勝手。てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。
俺はあの頃と何も変わっちゃいねー。
俺の見ているモンはあの頃と何も変わっちゃいねー。俺は――」
高杉の脳裏によぎるのは一人の男性。
「ヅラぁ 俺はな、てめーらが国のためだァ仲間のためだァ剣をとった時もそんなんどうでもよかったのさ」
考えてもみろ、と高杉が言う。
「その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ?
俺達に武士の道、生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ?
俺達に生きる世界を与えてくれたのはまぎれもねェ
松陽先生だ」
しかし、この世界は高杉達からその人を奪った。
「だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪ったこの世界をブッ潰すしかあるめーよ」
「……」
「なァヅラ。お前はこの世界で何を思って生きる?俺達から先生を奪ったこの世界を、どうして享受しのうのうと生きていける?
俺はそいつが腹立たしくてならねェ」
「高杉…俺とて何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったかしれぬ。だがアイツらが…それに耐えているのに。
「風香は先生を裏切った。幕府側についた。先生を殺したアイツらに…ついたんだ……!」
「それは風香にも考えがあったのだろう。風香と
それに…俺にはもうこの国は壊せん。壊すには…
桂の脳裏にはエリザベスや新八、神楽などが浮かんだ。
「今のお前は抜いた刃を鞘に収める機を失いただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気にくわぬなら壊せばいい。だが
他に方法があるはずだ。犠牲を出さずともこの国を変える方法が。松陽先生もきっとそれを望ん…」
「キヒヒ、桂だァ」
「ホントに桂だァ〜」
「引っこんでろ。アレは俺の獲物だ」
桂の言葉を遮ったのは二匹の天人だった。
「ヅラ、きいたぜ。お前さん以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか。そこには黒髪の女らしい奴もいたらしいがな。
俺ァねェ、連中と手を結んで後楯を得られねーか苦心してたんだが…おかげでうまくことが運びそうだ。お前達の首を手みやげにな」
「高杉ィィ!!」
「言ったはずだ。
――俺はただ壊すだけだ。この腐った世界を」
第五十三訓
備えあれば憂い無し
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