▼ もの食べるときクチャクチャ音をたてない
夜。
賑わうかぶき町であたし達はおばさんと狂死郎を捜していた。くっそ、店のホスト全員と万事屋とあたしで捜してんのに見つかんないのかよ。おばさんはともかく狂死郎は派手な格好してるからすぐに見つかるかと思ったんだけど。
その辺を捜し回っていたホスト達。どうやら見つからなかったようだ。そして狂死郎とも連絡がとれないらしい。
あたしは落書きをした黒板八郎の写真を取り出し呟く。
『クソったれ…
「まさか狂死郎がババアの息子 八郎だったとは。あんなに変わってたんじゃそらァ母ちゃんでも仏様でも気づくめーって」
「それというのもお前がんな格好して八郎なんて名乗ってたからアル!まぎらわしいんだヨ あん!?ジャロに電話したろか!?」
「それはアナタ達が勝手にラクガキして勘違いしただけでしょうが!!」
まァそうなんだけれど。
「でも何故お母様を目の前にして狂死郎さんは何もおっしゃらなかったんでしょう。狂死郎さんは五年前からかかさずお母様に仕送りをされていたといいます。誰よりも会いたかったに違いないのに」
『……』
ふと、さっき狂死郎が言っていた言葉を思い出した。
「この街でのし上がるにはキレイなままではいられない」
「得たものより失ったものの方が多い」
「恥ずかしい話…親に顔向けできない連中ばかりですよ」
***
母を捜す狂死郎に一本の電話がかかってきた。それは勝男からだった。母親は預かっているからスグ引きとりに来いと。
狂死郎は急いで指定された目的地に行った。
呼び出された先は建築中の建物のなかだった。
「こっちやこっち。狂死郎は…ちゃうわ、八郎はん。ビックリしたでェ、ホンマは黒板八郎いうねんな。オジキからきいたで。なんや田舎くさい名前しとったんやなァホンマは…親近感わいたで」
「…あの人は!?」
大事な人質だから何もしていない、狂死郎がむすこだというのもふせている。そう勝男は言った。
「ほいでもなんでそないに必死になって隠すがわからんわ。わしなんかこないにグレてしもうたさかい絶対オカンとなんで会われへんけどな。しばき殺されるさかい。アンタはこの街のNo.1ホストやん。出世頭やん。胸貼ってオカンと会うたらエエやん」
「………どのツラ下げて会えというんですか。もう母のしっている顔は文字通り捨ててしまった。この街でのしあがることと引きかえに私はもう八郎であることを捨ててしまった」
狂死郎は目を伏せる。
「No.1ホストといったところで私はしょせんハタから見れば女性をだまし金を巻きあげている輩にしか見えぬでしょう。それに私が生きるのはあなた達と同じこの街です。私が幾らもがいたところで汚れた世界で生きている事に変わりはない」
「いやいや立派なモンやったで。わしらの要求拒んでこないにねばった奴、アンタが初めてや。まァそれも今日で最後やろけどな」
そこで狂死郎は持ってきていたスーツケースを開ける。そこには金が入っていた。それが狂死郎の私財だという。店を大きくするために使ってしまいあまり残ってはいないようだが。
「なんやァァァ!!まだもがくいうんかいな!!わしらそんなはした金ほしいんやないでェ!!お前の店でクスリさばけいうとんねん!もっとデカイ金動かしたいんじゃ!!」
「私はホストという仕事に誇りを持っています。だからあなた達の要求は飲めないし、母に名乗り出るつもりもない。
ホストは女性を喜ばせるのが仕事です。だから、この世で最も大切な女性を悲しませるようなマネは絶対にしない」
母親がどうなってもいいのかと叫ぶヤクザを勝男が二階から蹴り落とす。
「………狂死郎はん、たいした男気や。さすがかぶき町No.1ホストいうだけあるわ。わしもぶっちゃけクスリいうのは好かん。新規事業に躍起になっとるオジキに言われて仕方なくこんな事やっとる…天人来てからヤクザも形が変わってもうた。
せやけどその金あればなんとかオジキ説得できるかもしれん。今日はアンタの男気とその七・三ヘアーに免じて勘弁したるわ。それこっちによこしィ。オカンはその後返したる」
「………」
狂死郎はスーツケースを投げる。
もう少しで勝男の元に渡る――そんな時だった。
スーツケースに木刀が刺さったのは。
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