▼ 満月は人を狂わせる
「なんですとォォォ!!」
鍛冶屋では鉄矢の叫び声が響いていた。
「では紅桜はその辻斬りの手に!?」
「すいません、何とか取り戻そうとしたんですが…」
「それで取り戻すことはできたんですか!?」
「いやだからできなかったって言ってるじゃないですか」
「なんてことだ!!紅桜が人斬りの道具にィィ!!」
「…で、無事なのか?」
「え?」
「あの…あの人達」
頭を抱えてうなる鉄矢をスルーして鉄子は話をすすめる。その顔はどこか心配そうだった。
「あっ 銀さん?んー、まァ死んではいないですけどけっこう…ヤバイカンジで。風香さんは…辻斬りに連れていかれてしまって…」
「……。兄者、気分が悪い。外すぞ」
「オイ鉄子どうした。気分でも悪いのか!?」
「だから気分悪いって言ってんでしょーが」
「スイマセンね!なんか空気がよめない奴でね!!」
新八はオメーが一番読めてねーよ、と小声で呟く。
「それより一つお伺いしたいことがあるんですが。あの紅桜って刀…アレ一体なんなんですか?不吉を呼ぶ妖刀とききましたがとてもそんな生易しいものじゃ…」
アレは妖刀とかそんな謎めいたものではなく、きっと…。
「残念ながら私も紅桜についてそれ程深く知っているわけではない。なにしろ触れてはならぬものと蔵の奥深く封じていたのでな。だが私は思う!!刀匠が精魂を込めて打ちあげた刀には得体のしれぬ何かが宿ることもあるのではないかと」
屋根から落ちた雨だれが同じ箇所に落ち石に穴を穿っている。
雨でさえ岩を削る。
「これが意志を持った一流の職人の鎚ならばどうなる!?」
斬る≠ニいう一念のみを込め、何百回 何万回も鎚を振り降ろされた鉄ならばどうなる?
「常識という名の薄い岩などたやすく砕く刀!そんな物ができ上がってもおかしくないのではないか?私はそう思う!!」
「つまり親父さんの強い思いが刀を妖刀に変えたと…」
「ワハハ 少々ロマンチックだったかね!?」
けれど刀匠の魂というのは確かに打った刀に宿るもの。
斬る≠ニいうたった一つの、しかし純粋な思いの元につくられているからこそ刀はあれ程美しい。
そしてそれを想像する職人も然り。
刀も人間も、たった一つの目的に向かい進む姿は美しい。
続く
prev / next