▼ デートは三十分前行動で
「いいのかねェ。侍が果たせぬ約束なんぞするもんじゃないよ」
「心配いらねーよ。こう見えても俺ァ律儀なんでね。デートの待ち合わせ場所にも30分前には絶対に行ってるクチだから」
銀時は木刀を支えにして倒れていた身体を起こす。
「やっぱり面白い男だねェ。こんな楽しい喧嘩はおいそれとできるもんじゃないよ。俺の居合いで倒れなかった奴は久方ぶりだ」
似蔵はクク、と笑いをこぼす。
「でもよかったよ、あの女に会うことができて」
「あの女?」
「まさか知らぬわけではないだろう?日比野風香のことだよ」
人殺しのプロに会えて嬉しかったねェ、と呟く似蔵に銀時は無性に腹が立った。
似蔵はそれを感じ取ったのか、すぐに話題を変えた。
「俺はまだ若ェ頃に病で目をやっちまってねェ」
剣士としてはもう使い物にならないと言われたが、しょせん真剣の立ち合いなど一太刀で決まる。
相手より速く、そして深く一太刀を叩き込んだ方が勝負を制する。
目が見えようが見えなかろうが、居合いは似蔵にはおあつらえ向きの技というわけだ。
それに人間というのはたくましい生き物だ。失った目の代わりになろうと他の器官がそこを埋めようとする。
おかげで今では鼻も耳も勘さえも獣並みに利くようになった。似蔵の全身はまさに目玉だ。
「しってるかィ?世の中には目に見えるものより見えないものが多いんだ。アンタは見たことあるかね?人が死ぬ瞬間に出てくるアレを。ひょっとしたらアレが魂ってヤツなのかね。殺った瞬間ボワッと…これがキレイな色をしててねェ。追いかけてたら人斬りなんて呼ばれるようになっちゃって…」
似蔵は目をギラつかせる。さながらエサを求める獣のような目だ。
「なァオイ。アンタの魂は何色だィ?」
「……大層な目ん玉だな。サンコンさんより目ェいいんじゃねーの」
呟く銀時に似蔵はクク、と笑う。
「全身目玉だか目玉の親父だかしらねーが、んな大層なモンなくても俺には見えるぜ。テメーの汚ねー魂の色が…ウンコみてーな色してんぞ」
「………」
「人斬りなんぞができる奴は人の痛みもなにも目ェつぶって見ようとしねークソヤローだけだ。オメーには結局なんにも見えちゃいねーよ」
「ためしてみるかィ?」
「こいよ。頭叩き割ってやらァ」
ガキィィィン
交わる木刀と刀。
駆け抜ける似蔵。
「!!」
そして──斬り落とされる銀時の右腕。
血飛沫があがり、銀時はその場に倒れる。
「こいよと言うから行ったがね…ちと速すぎたかねェ?見えてないのはアンタの方だったね」
お鼻スッキリをさす似蔵。しかしその表情は驚きへと変わる。なぜなら目の前に……
「どうしたァ?俺が死ぬ幻覚でも見たかよ?」
斬ったはずの銀時の姿があったから。
「(バッ…バカな!確かに斬り捨てたはず…!)」
そこで似蔵は気づく。
「(刀身が…!!)」
似蔵の刀には刀身がなかった。そう、最初の一撃で既に似蔵の刀は風香によって斬られていたのだ。
「抜き身も見せねェ俊速の居合いが仇になったな。だから言ったろ。お前はなんにも見えちゃいねーって」
「(まさか俺の俊速の抜刀術を上回る速さで…斬ったと見たは俺の瞼の裏でのみだったというのか…)」
「もうちっと目ん玉見開いて生きろタコスケ!!」
銀時渾身の一撃が決まった。
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