SS | ナノ



終わりの話


「死ねば?」

相手は「サイテー!あんたが死ね!」ってわめきながら去っていく。
どうせその程度だ。ほんとに死ぬ気なんてないんだろう?

簡単に死ぬなんて言葉使うんじゃねーよ。

「こら、女の子には優しくしろって言ってるだろ」
一部始終を見ていたのだろう、中庭の柱から現れた姿に俺はため息をついた。

「なんだよ、やらしい。全部見てたのか」

「あぁ、キヨタのあのセリフ聞きたくて」

「―――趣味ワリィ…」

「どーも。だてに長い付き合いやってないんでぇ」



「死ねば?」という俺の言葉を好んで聞くチヒロに「死ねば?」と俺はもう言わない。
チヒロは死のうとするから。
でもチヒロは死ななかった。



俺の兄ちゃんは死んだけど。






――――終わりの話――――






俺キヨタ。あいつ、チヒロ。
小学校からの腐れ縁で、ただ今高校三年生。
俺の兄ちゃんが死んだ年齢に俺もとうとうなった。
兄ちゃんが死んだのは三年前。
雪の降る日だった。
俺の家族はあの時で止まったままだ。
何一つ色褪せない。
兄ちゃんの部屋だってそのまま。
兄ちゃんが気に入って買った部屋の時計も動き続けてるっていうのに。


「キヨタ、いい加減にしないとお前が死んじゃうよ?」

「俺は死ねないよ?父さんと母さんがいる限り」

俺が死んじゃったらあの人たちどうなるの。
あの時のまま動けなくなった人たちがどうなるのか考えもつかない。

「でもそのうち誰かに刺されるよ。こんなこと繰り返してたら」

じゃり、と足元の砂が鳴る。
それをぼんやり見て、いつの間にか自分の視線が下がりっぱなしだったことに気づく。

「キヨタ。俺はお前のこと好きだよ」

「知ってるよ」

「言ってよ、キヨタ」

「言わない。言ったら死ぬじゃん」

「俺死ななかったじゃん」

ポンポン、と頭に手を置くチヒロに視線を合わせた。
いつの間にか俺の身長ををどんどん抜かして見下ろされていた。

「身長伸びたな。チヒロ」

「気付くの遅くない?中3から俺はキヨタのこと見下ろしてるよ」

「あぁ、そう」


どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
見上げると3階の教室からクラスメイトの女が手を振ってる。
それに手を振り返し答えながらチヒロを置いてその場を離れた。







喚いて喚いて手当たり次第、その辺にある物を投げてくる。何を言ってるかはわからないけどきっと内容は知ってるものだ。

「キヨタ、もういい加減に私を見てよっ!なんで、女遊びばっかり…っ」

俺の女遊びを判ったうえて俺と付き合いたいって思ったんだろ?

「私、つらいよ…ちゃんと付き合ってよ。キスしてよぉ…付き合ってるんでしょ?私たち…」

「ほんっっっっと、めんどくさいな。お前が付き合ってくれって言ったからオーケーはしたよ?でも俺はお前の事知りもしない女だったんだからそんなすぐにハイ好きですって思えるわけないだろ?俺とお前、付き合ってどのくらい?2週間?1か月?もう別れようよ」

「っ!!!」

飛んできたテレビのリモコンを避けたら後ろの壁に当たり床に転がる。電池のカバーが吹っ飛んだ。

「私とキヨタ、付き合って今日で2ヵ月になるよっ!デートは何回もしたよね、一緒に帰ったことだってある。でも1時間かそこらでキヨタはすぐ誰かのところ行っちゃうよね?こうやって家に呼んでくれても、さっきみたいに電話が鳴ったら予定ができた帰れって・・・ホント最低。なんで好きになったんだろう。つらい。私の気持ち考えたことある?私以外の子でもいいよ。キヨタの事考えて胸痛めてる人間が居るんだよ?苦しいんだよ、もうやめたいのにやめれなくて、いっそのこと心ごと死んじゃいたいって思っちゃうよ」


「死ねば?」


見開いた女の顔見て、あぁ、怖いなぁと思った瞬間。
飛んできたものが頬骨に当たり、意識が飛ぶかと思った。
くっそ、マジ痛い。
転がったものを目で追いかけると、ガラスのコップ。
さっきお茶飲んだやつだ。お茶ももちろん飛び散って、掃除がめんどくさいやつ。

大きな音を立てて女が出ていく。

「死ねばいいんだよ。本当に」


俺は一生女を好きにはなれないだろう。
俺は一生家庭は作らないだろう。

床に転がりながら、指先でスマホを操作する。
一瞬のコール音で繋がった。

『キヨタ?』
「ちょっとさ、家片づけんの手伝ってくれないチヒロ」






「骨は折れてないだろうけど」

刃物じゃなくてよかったね、って腫れ上がった頬に湿布を貼ってくれるチヒロ。

「痛いよ、優しくしてよ」

「キヨタが女に優しくしてやりなよ。ならこんなことになんねーから」

「俺は受け身なだけだよ。何もしてねーよ」

「受け身すぎて何人も彼女いることが問題だけど?」

吹っ飛んだテレビリモコンの電池カバーを元に戻そうとするも、引っ掻かりの部分が折れていた。
電源ボタンを押すとテレビは点いた。リモコンを買い替えるか・・・めんどくさいからカバーをガムテープで留めるか。

「試すのやめな、キヨタ」

「何を」

「相手を傷つけるだけだよ。お兄さんは戻ってこないし、何も変わらないから。お兄さんも悪くない。相手も悪くない…誰も悪くないよ」

「誰も悪くないのに、こうなるか?」

だれも寄り付かなくなった広い家。家族の会話なんてどこかに消えた。
見渡した家の中は3年前で止まったままだ。生きることも死ぬこともしない。


兄さんは陸上では有名な人だったらしい。
部活が楽しいのだというのは俺も知ってた。両親が大会があるたびに出かけていくのも見ていたし、俺も何回か付き合った。
陸上に興味もなかった俺は兄がすごい人なのだという実感はなくて、ただいつも優しいし、良い兄ちゃんだと思ってた。特別ではない、普通の兄だ。
でも世間は、女は、そんな兄を特別扱いしていた。

どこから情報が漏れてるのか家に手紙が届くようになり、バレンタインにはチョコレートが山積みだった。
家の前で知らない学校の生徒を見ることもあった。
兄ちゃんには彼女がいたけど、あまり公にはしてなくて。
だからこそ、あの幼い頭の女は兄を自分の彼氏だと錯覚してた。
兄は何度もその他校の年下の女の子からの交際の申し出を柔らかく断っていた。
彼女がいると言えばその彼女に迷惑がかかるから、と兄の優しさは全部仇となった。
兄と彼女がこの家から出る瞬間を見た年下の女は、その場で詰め寄った。
彼女を紹介された年下の女は自分は遊ばれた、こんな惨めなことはない、死んでやる、とその場を離れ、自宅にて遺書を残し自殺を・・・未遂だったけど。

けど、その行動は兄を狂わせた。
一人の人生を終わらせることになりかねなかった自分の存在に苦しんだ。
陸上をあきらめ、彼女とは別れ、学校にも行かなくなり、人と会うことを拒絶した。
病院にも通うようになると、家の中は今までの“家族”の形は無くなっていた。
ずっと付き添い通っていた病院に一人で行けるようになり、ゆっくりと兄が人として戻ってくるものだと・・・思ってたのに。

その寒い雪の日、俺は兄にマフラーを巻いてあげた。気を付けて、と最後の言葉を口にした。
兄ちゃんは喋らず、マフラーを巻いた俺に微笑んで家を出た。
病院からの帰り、駅前の大きな歩道橋の階段で雪で足を滑らせたのか・・・兄の故意によるものか、階段を転がり落ちて、打ち所が悪かったのだろうそのまま兄は帰らぬ人となった。

きっと兄は生きようとしなかったから死んだのだ。


「キヨタ」

ハッと、我に返る。
チヒロの目が俺を見ていた。

「キヨタ、人に死ねって言っちゃダメなんだよ」

「知ってる」

「死んだら何もかもそこで終わっちゃうんだよ」

「知ってる」

もう俺の家族が戻ってこないものわかってる。
ただ、俺は悔しい。俺にはどうすることもできなかったし、親も、兄ちゃんもどうすることもできなかった。
違う人生があっただろうなんて考えない。もう何も変わらないから。

俺もあの時止まったままだ。

「キヨタ…。俺、ずっとお前と一緒にいるからさ、少し進もうよ」

「チヒロ」

「とりあえず、もう女相手に試すのやめな。そんなことしなくていい。誰も死なない。俺も死なない。お前が次、俺に死ねっていうならその時は死ぬ」

チヒロは俺がもうチヒロに向けて死ねって言わないことを知っていた。

一度チヒロに死ねって言ったらチヒロは俺の目の前で車道に飛び込んだ。
目の前の出来事に俺は三日間意識を飛ばした。病院で目が覚めると隣にチヒロが寝てた。
そして目覚めた俺を見て「な、俺は死なないぞ」って折れた左腕を上げて言った。
チヒロは車に轢かれたわけではなく、当たったくらいだ、ってチヒロ本人に聞かされても俺にはチヒロがぶつかった瞬間の記憶はないし、今回たまたま助かっただけで次は無いかもしれないと思うともう口にできなかった。

チヒロは本気だし、嘘をつかない。

「千比呂、死ぬなんて許さないから」

雑誌を拾い集めてたチヒロが一瞬ぽかんと見上げた。
俺は仁王立ちしてチヒロを見下ろしていた。

「死んだら終わりだから死なないよ。俺まだキヨタと始まってもないしな」

「始まったら終わりが来るんじゃない?」

「まぁ、その終わりってのは多分大往生って事だと思うよ」

チヒロが重ねる雑誌にそばにあった手元の雑誌も乗せる。
俺に衝撃を与えたグラスを重さを確かめるように拾い上げると、チヒロは俺に渡してくる。

「結構痛そうなアレだな。打ち所…よかったのかもな」

「俺は死ねないからさ」

ポンポン、とチヒロが俺の頭に手を置く。

「澄汰が死ぬの、俺も許さないよ。おじさんとおばさんだけじゃないよ」

「うん…」

堅く絞った布巾で、フローリングに飛び散ったお茶を拭いていく。
お茶を吸ったラグを洗濯機にかけようとチヒロが背中を向けた。


「チヒロ、始まりは俺が決めていい?」

「…大往生まではまだまだ長いから、ゆっくり決めたらいいよ」

目を細め、笑うチヒロがリビングから出て行き扉が閉まると、俺は立ち上がってリビングから庭に続く窓を開けた。
二階の窓もすべて開けるために階段を上がっていく。

変わらない兄ちゃんの部屋の窓も、三年ぶりに俺が開けた。





END


prevback|next




[≪novel]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -