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ゲーム
カチカチ、カチカチカチ、とゲームのコントローラーの音が響いていた。
時折、隣で叫びに近い声が漏れる。そんな声を聞いて手加減していたのはうんと昔の話だ。
「…お前、最近死にたいって言わなくなったな」
「……、うん」
急に何を言い出すのか。常に後ろ向きな僕はこんは話を振られるだけでも居心地が悪い。
僕は何故だか小さい頃からイジメの標的になっていた。イジメはイジメられる側にも問題があるんだと良く聞くから、僕の内気な性格や、猫背で俯きがちなうえに眼鏡、という容姿が相手を刺激するのだと思うと、それは仕方がないのかと諦めた。
「何かあった?」
「……」
カチカチカチカチ…、画面では大きな刀を振り回して相手にとどめを刺しているところだった。激しい音と、眩しい映像が目に飛び込んでくる。
「うわ、また。お前強いよー俺なんてコンボ二つしか出せねーし」
こうやって遊ぶのも唯一彼だけだった。小学校だけが一緒で、それ以降は別々の学校に進んだにも関わらず、彼とは続いていた。僕が未だにイジメにあってる事も知ってるし、僕が死にたいと口にする事を知っているのは彼だけだった。
教科書、上履き、机、それらに太く黒い字で書かれた“死ね”という落書きが僕に何度も覆いかぶさる。いつからか、その文字達はずっと僕の頭上に浮かび、僕が死ぬのを見下ろし、待っているんだ。
「もう死にたいと思わなくなったって事だよな」
「…う、ん」
「誰か…友達が出来たのか?」
友達なんていない。
僕は黙って首を振った。視線は画面に向いたままだし、手元は休みなくボタンを連打している。
「イジメられなくなったのか?」
少し間を置いて、また首を振った。イジメはなくならない。けれど昔ほど酷くはないし、立てなくなるほど暴力を振るわれるといった種類のイジメではない。
それでも僕はリセットしたかった。死んで、一から人生をやり直したい…別に次が人としての人生じゃなくたって構わなかった。僕はこの僕が嫌いなだけだった。そう、思っていた。
「僕…、生きるよ」
風邪をこじらせて高熱が続き、病院へ連れて行かれた僕が見たもの。
病院の裏へと続く暗い通路に置かれているボロボロの長椅子に座り、母親の迎えを待っていた。うなだれた視線に止まったのは、今にも消えそうな文字だった。
壁に書かれた、命の灯を彷彿させるような薄い文字。
「生きる…」
「そうか、まぁ死にたいって気持ちが無くなったんなら良い事じゃねーか」
また画面では彼の選んだキャラが死んだ所だった。僕の決め技がスローでリプレイされる。
「僕が本当に死んだら、僕の存在が、体が消えたら、君は…困る?」
「言うねー、……まぁ、多少は困るかな」
彼の手がコントローラーから離れた。
生きる事は、最高に難しいゲームだ。生かすも殺すもプレイヤー次第。食べ物や嗜好品で命を延ばしてみたり縮めてみたり、得意な技を身につけるために学校に通ったり、その後の人生、枝分かれした将来は何通りもある。
僕はエンディングまでの道のりを何とか生き延びる事だけを考えるんだ。
――いや、自ら断ち切る選択だけが無くなっただけかな。
「――なぁ、」
彼の手が僕のコントローラーを取り上げると、自然な動きで僕の体を押し倒した。
僕がエンディングを迎える時、“生きたい”と壁に書いた人の気持ちが少しでも分かるだろうか。
end
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