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朝の匂い 03





「あれ…」

商店街を出ると見たことのない街並みで、どうやらここは入ってきたところとは逆の出入り口らしい、と思い引き返して出てきたところはやっぱり自分が思っていた場所ではなかった。

八百屋を目当てに引き返してみたが、商店街を出るとパチンコ屋が立ち並んでいて、こんなところから入った覚えもなかったとまた商店街に引き返した。

そんなことを繰り返しているうちに、ゆっくりと空が赤く染まりつつあるのを見て少し焦った。
こんなところで迷子とか、まさか。
しかし自分はこの商店街のどこから出れば自宅にたどり着くのか見当もつかない。

暗くなれば目印も姿を変えてしまうだろうから、なんとかそれまでにと歩いているうちに足が痛みを訴え始めた。

山育ちだからそんなことはないと思っていたが、こっちに出てきて運動らしいこともしていなかったから仕方のないことかもしれない。
商店街に居続けても何も変わらない、と方向だけ見当をつけて商店街から離れるとすぐそばにあった大きな公園を見つけたので、そのベンチで少し足を休めることにした。

腰を下ろして、冷静に考える。
ここに来るときにあの家の住所を見ながら来た。
が、電車の乗り換えは駅員に聞き、マンションまではタクシーの運転手に住所を見せてお願いしたので住所が記憶に薄い。

自分の携帯に電話を入れたら繭匡は出てくれるだろうか。いや、帰宅してるような時間じゃないだろう。時間すらまともにわからなくて、さっき見た床屋の時計は18時くらいだったように思う。
長い商店街を隅々まで見ていたつもりではなかったけど、自分が知っている商店街とはかけ離れた規模に思わず興奮していたようだ。かなりの長居をした。

さっき買ったペットボトルのお茶を開け喉に流し込む。
休憩なんてしている暇はないのだ。朝干したシーツは干しっぱなしだし、家の掃除も完璧にはできていない。
繭匡よりも先に帰宅しておきたい。

とりあえず、少し休んで楽になった足で、大通りを探そう。
自分が通ってきた通りじゃなくても、そこから誰かに道を尋ねてみよう。
住所の最後には「寺」という字がついていたから、それをヒントに歩いてみればあの家の近くのコンビニにたどり着くかもしれない。

ガサガサとスーパーの袋を鳴らして立ち上がった。
自分の帰る家はあそこなんだって思い、感じ、考えながら。
錆びついた音のする家の門もなければ、隣家との間に垣根もない。
木々のにおいがしなくて、息苦しく感じてしまう。それもここに来てすぐの時に比べればましになったのだけど…どうしても窮屈だ。
もう自分はこの都会で生きていかなくてはいけないのに。


商店街から離れていくと大通りに出た。
しかし自分が覚えている道ではなかったし、規模は少し小さい。
信号待ちをしている人に声をかけてみたものの…
「この辺は寺がつく町名ばかりだから…」
と答えられて困ってしまった。
どっちへ向かえばいいのかすらわからない。
情けない。この年になって本当に迷子になるなんて思いもしなかった。

地名よりも先に公衆電話を探すことになった。
コンビニをようやく見つけ、公衆電話の受話器を手にする。
繭匡が帰宅してれば、と思っても、繭匡の携帯の番号なんか覚えているわけもなく、結局自分の携帯に繭匡が出てくれると願ってかけてみた。

しかしアナウンスがむなしく流れただけ。
充電が切れて、そのまま充電器にセットしてきたから電源が入っていないままだった。
途方に暮れ、その公衆電話に書かれた住所に目を止めた。
自分の記憶から何とか家の住所を思い出さなくては。
かすかなものでも、ヒントになるものを思い出さなくてはいけない…。






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