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朝の匂い 01




自分の古い記憶は何だろう。
思い返してみても、記憶の断片と言うよりは、その写真を見て思い出した物を過去として置き換えていたりする。

多分、幼稚園の頃の記憶が古いかもしれない。
そこからは少しずつ、記憶が増えていくのがわかる。
初めてもらった赤いチューリップの名札、うさぎの飼育、遊具の取り合い。
ランドセルを背負ったまま畑の真ん中で遊んだり小川に下りてみたりして、教科書を濡らしたりランドセルに傷をつけたりした。
お隣の四人兄弟に比べると大人しい方だったけど、遊ぶといえば主に自然が相手だったからどうしても怪我はしたし、叱られるようなことも沢山してきた。

朝支度に時間がかかって、いつもお母さんにせかされて家を出ていた。
朝食を食べるのが遅かったり、行儀が悪くお父さんに朝から叱られて朝食が遅れたりもした。
何とか時間に間に合って気だるげに家を出れば、隣の長男が食パンを食べながら歩いていたりして驚いたものだった。
そんな事をうちでしたら勘当ものだと言えば「○び太みたいに一度はやってみたいだろう」とお隣の長男は笑っていた。

別に隣の家が放任だった訳ではない。長男を筆頭に四兄弟皆が皆、隙をみて悪戯ややりたいことをやっていたのだ。今思えばあそこの母親は大変だっただろう。
けれど、それが凄く楽しそうで、羨ましかった。

お父さんは食事に関して特に厳しかったように思う。
きっと農家の仕事を知っていたし、あの町は周りが自分の家で取れたものを譲り合いながら生活していた。
だからだろう。食べ物の大切さを何度も聞かされていた。
お母さんも季節ごとの食材が抱負だから加工するのも調理も上手だった。

お弁当もおいしかった。お弁当に入っているのは甘い玉子焼きだったけど、お父さんがお酒のあてに頼むだし巻きが何よりおいしかった。
だし巻きを食べている時のお父さんだけは、どこか柔らかくて、大好物だったんだろうと思う。その顔はなかなか見れるものじゃなくて、幼い頃は毎晩でもだし巻きを出してくれればお父さんの前で緊張する夕食が減るのに、と思ったものだ。



パン、っと真っ白なシーツをベランダに干した。
数回こなした洗濯はボタンの操作さえ覚えれば待っているだけなので、もう慣れたものだ。繭匡(まゆまさ)のシーツも洗おうか悩んで、結局弟の部屋へ入ることは憚られた。

洗濯を終えたところで空腹を感じて時計を見る。
体内時計とは正確なもので、いや、昔からしっかりと朝食を取らされていたから、ちょうど昼にはおなかが空くのだ。
今朝のトーストは焦げまではしなかったけれど、少しこんがりを行き過ぎた程度の焼き色に仕上がった。真っ黒を数回経験していれば、これは満足のいくものだった。
パンも無くなっていたし、マンションから二百メートルほどの所にあるコンビニへと行くことにしよう。

パーカーを羽織って、ズボンのポケットに財布を入れる。携帯は高校を卒業して農業に就いてから殆ど親からの電話と時間確認にしか使っていない。今は後者。
携帯を開いて現時刻を確認しようとしたら、残念な事に真っ暗だった。そういえば此処に来て一度充電したきりで、ずっとほったらかしだった。

出ている間に充電しておこうと、一度玄関に向いた足は自室に戻った。
充電器にセットし、再度玄関に向かう。下駄箱の上に乗っていた貰ったばかりのスペアキーと手にして家を出た。





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