短編 | ナノ
冬 5
目の前で、男の腕に女が腕を絡めた。
嬉しそうに笑う女の顔を見ながら、幸せそうだなぁ、なんて他人でも思えてしまうほど。
クリスマスってすげぇな、って思った。
同時に、クリスマスって残酷だな、とも。
もしも俺と薫があのまま関係を続けていたらどうだっただろう。
家で、部屋で、二人だけの時間を過ごしていただろうか。
ケーキでも買って?いや、そんな雰囲気にもならないかもしれない。
結局いつもと変らない毎日のように、二人でダラダラ過ごしてたかな。
想像も付かないくらい、甘いクリスマスを過ごしていただろうか?
どっちにしろ、こんな風に腕を組み、堂々と街中を歩けるものではないんだ。
誰にも知られてはいけない。そんな関係だった。
そして、今はもうただの幼なじみでしかなくて…。
「何寂しそうな顔してんの」
降る声に頭を上げたら、薫が立ってた。
薫の事考えてたからなのか、薫がすっごい優しそうに見つめるから…
なんだか泣きたくなった。
「…薫、なんでこっち来てんの」
「ん、罰ゲームをもっと罰ゲームっぽくしようと思って。はい」
差し出された手には何も乗ってない。
「?」
「待たせたな」
少し声を張ってそんなセリフを吐くと、薫は俺の手を取り握り締めた。
「ちょ…」
引き寄せるようにして、薫が俺の耳元に唇を寄せる。
俺は遠くオブジェの向こう側で口を押さえる女子や、驚くようにこっちを見てるクラスメイトとばっちり目が合っていた。
周りで待ち合わせる人々の視線だって感じる。
「駅前のツリーで待ち合わせるホモって面白そうって…提案を俺がしたんだ」
小声で訳を聞かされても、俺の恥ずかしさは消えなくて、どうしようかと落ち着かない。
ヤバイ。このままではいろいろな事がばれるんじゃないか、俺と薫の事バレるんじゃないか…?
耳元から離れ、薫が俺の手を握りながら横に並ぶ。
「夕飛、顔真っ赤」
「誰のせいだよ、ってかお前…どうすんの」
「バレないよ。うまくやる…。俺が皆には上手く言うからさ…夕飛は夕飛でいいよ。そのままでいいよ」
薫はなんでそんなにも優しいんだ。
自分はどれだけの気持ち抑えてきたんだよ。
それでも、俺を庇おうとする。
俺たちの将来のために、押さえ込んでばかりさせている。
「でも、今だけは、この場所で俺と付き合ってるフリしてくれないか?最初で最後。思い出にさせてくれ」
俺は笑って薫の手を握り返した。
「すっげぇ、女が聞いたら惚れそうな言葉。そのでっかいブーツがあるからもう笑いでしかないけどな」
「夕飛、帰ったら一緒に食う?」
「食う」
「なぁ、薫。大学行ってもさ、俺たちは俺たちでいれるのかな」
「どうかな、夕飛に彼女が出来たら、俺はすっげぇ落ち込むだろうな。それで勉学に励んでいい所に就職する」
「そうなって薫が令嬢と結婚とかしたら俺どう接して良いか分からなくなるな」
「夕飛は夕飛でいいよ。出来ればずっと、そのままの夕飛で居てほしい」
「じじいになったら、薫とずっとこんな話してんだろうな」
薫が時計に視線を落とした。多分、もうそろそろ30分経った頃だろう。
この罰ゲームも終わりだ。
「夕飛が結婚しても、子供できても。俺はその全てを受け止めて、それでも夕飛が好きだと思う」
寒さの中、薫の唇が俺の唇に触れた。
温かくなる前に、静かに離れていく。
薫からの、最後の告白だった。
お前らやりすぎだ、とか、小さな悲鳴なんかが聞こえてくる。
クラスメイト達も時間だとばかりにこっちに向かう中、俺は薫に手を引かれた。
「行くぞ、夕飛」
電飾で飾られた道を、逃げるように駆け抜ける。
本当に、こうやって逃げる事が出来たら―ー、と夢見るように。
長い道のりの中の、一瞬の出来事でしかないけれど
俺たちは確かにあの時恋愛をした。
お互いに口にすることはなくなったけれど
今もまだ大切な感情で、俺たちの宝物。
SEASON:END
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