短編 | ナノ



05





 あれから一ヶ月、尚とは顔をあわせていない。見かけるのは後姿くらいなもので、廊下なんかで顔が見えそうだというなら俯いて通り過ぎていた。

 尚の顔を見ないことで、忘れれるんじゃないかとか…勝手に思ってる。

 そんな簡単ではないけど、これが何年も積み重なればきっと。そのうち俺に好きな女性でもできるだろうって。



 母親から度々頼まれる尚に用意された夕食は、できるだけ音を立てずに家に入りこんで置いて帰る。玄関に食べ物を置いてすぐ出てくる日もあった。それで何とかなってるんだから初めからそうしていれば良かったんだ。

 わざとらしく音を立てて部屋に入っていたのも俺だし、夕食を一緒にと誘われて嬉しくなってたのも俺だ。

 でもそれも、もう辞める。




「成、またこれ尚ちゃんの所持って行って」

「うん」

「あと、これ。今日安売りしてた魚大量に買ってきたから、尚ちゃんの家の冷凍庫入れておいて?冷凍庫よ、冷蔵じゃないわよ!」

「・・・・わかった。」


 夕食を運ぶ事が憂鬱だった、それも最近では麻痺して感じることさえなくなったけど。今日も音を立てずに冷凍庫に突っ込んで帰って来ればいい。尚に気付かれず終わらせれるだろう。


 上着を羽織って荷物を手に外に出る。外の空気はずいぶんと寒くなってきた。

 慣れた手つきで扉を開けて靴を脱ぎリビングへ行く。その一通りを音を立てず息を潜めて行う。



「よう、泥棒みたいに入ってくるんだな。」

 後ろから掛けられた声に飛び上がった。

「っ、な、尚・・・」

「最近、こんな風に入ってきてたのか」



 シャワーを浴びたらしい濡れた髪とラフな姿の尚。久々に見た尚がそんな姿で、胸が跳ね上がるのを押さえられなかった。

 でも、きっと女との情事後なんだ。

 無言で尚から顔を逸らして、冷凍庫に魚を突っ込んで、料理を机に置いてリビングから出ようとした・・・

「成。借りてる漫画本、持って帰ってくんね?俺からお前ん家とかあんま行かねぇし」

「・・・・」

「部屋の、机の上に置いてあるからヨロシク。」


 取りに行けっていうのか。

 早く帰りたいのもあって、文句も言わず階段を駆け上がった。2階に上がるのも久々なら、尚の部屋に入るのも久々だった。よく来ていたのにそれが遠い昔の事のようだ・・・。



 ドアノブに手を掛けて扉を開くと、昔と何も変わっていない尚の部屋があった。懐かしさを感じつつ足を進めて、そして視界に入った机の上に置かれていた本を取り上げると用は済んだと振り返った。

 その時、目に入った・・・乱れたベッド。

「っ、」


 最近忘れていた胸の痛みがよみがえる。


 尚はさっきまで、ここで女を抱いていた?このベッドで何人もの女性を抱きしめたんだ?

 感覚のなくなった腕から本がバサバサと落ちた。慌ててしゃがんみ本を拾おうとすると、ぽたりと涙が落ちた。


 ・・・ヤバイ。


 こんなトコで泣いてるなんて、尚にバレたら・・・。その前に何とかしなくてはと、ぐっと腕で涙をぬぐった。それでも溢れる涙に、腕を下ろすことさえもできなくなってしまった。



「変な趣味だな。好きな男の部屋で泣くのか」


「―――、尚ッ。ご、めん」


 慌てて本を重ねて立ち上がる。まだ涙は止まらない。顔を上げずに、部屋を出ようと入り口へ向かった。

 なのに、尚の腕が俺の腕を掴み取る。

 拾い上げたばかりの本がまたバサバサと落ちた。


「・・・離せよ」

「ヤダね」



「・・・なんの、つもり」

「なんのつもりもねぇよ?お前、面白いからいじめたくなる。ただ、それだけ」


 ぐいっと引き込まれて倒されたのは尚のベッドだった。


「やめっ・・・」

「やめて欲しい?成、俺にこんなことされて嬉しいんじゃねぇの?興奮してんじゃね?」

「や、やめろってばっ」


 腕を、身体を押さえ込まれる。尚が動くたびにギシリと音を立てるベッド。

「俺で抜いたりしてんの?見せてよ、どんな風にやってんのか。」

「ぬ、いてない・・・っ!」

「ふぅん、あそ。・・・・俺はさっきこのベッドで宮本抱いたよ。時間が無くて2回だけだったけどな。お前は女抱けるのか?」




 ―――・・・、
 
 
「な・・・り?」


 驚いた顔をする尚の姿が歪んでいく。

 溢れる涙を隠すことなんてできなかった。

 あまりの尚の酷い言い回しに怒りを覚えて、同時に暗闇に落とされたような感覚に訳が分からなくなった・・・。

 尚の目をうつろな目で見ながら、涙を流し続けた。


「成・・・」

 
 ただ、尚が好きなんだ。
 それだけの事、たったそれだけの簡単な事。

 人を好きになるってこと、それがたまたま尚だっただけなのに・・・


「・・・・・も、いい?・・・帰って良い?」


 尚が俺の上から退いてもすぐには起き上がることができなかった。






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