短編 | ナノ



秋 2





それから寒さが近づき始めると、薫は勉強で忙しくなり始めた。

ようやく薫と同じ教室で勉強が出来ると喜んだ春。
それはたった一年だけの事となった。
薫は三年になると特進クラスに入るだろう。
そこを狙っての勉強だし。
俺は、あの特進クラスを遠くから見つめる事になるんだろうな。

遠くから、薫を。

「大丈夫なのか、今日」
「何が?」

薫のベッドに寝転がって、買ってきたばかりの漫画雑誌をパラリと開いた。
久々の薫の部屋だった。
勉強しなくて大丈夫なのかと、そんな意味合いで尋ねて、逆に聞き返されるとそれ以上を話す気にはなれなかった。

「夕飛、なんか悩みあるのか」

雑誌を置いて、体を持ち上げた。
薫はグラスに入ったお茶に口をつける。

「なんだそれ。そんな風に見える?」
「見えるな。夕飛は思ったことはすぐに口に出すし、出さなくても表情で単純な隠し事くらいは分かる。今は…、俺にも言えないこと?」

そうか、と胸のうちで答える。
薫が傍に寄って来ると、少し温かく感じた。

「ほら、肌寒いから強張るんじゃない?表情も」
「夕飛はそんな下手な言い訳なんてしない」
「へへっ、…そうだな」

でも、なんて言えばいいのか分からないんだ。
どうしたらいいのかも分からない。
このもやもやした気持ちをどう伝えればいいんだよ。

「俺との事なんだろ?」

俺は小さく頷いた。

「俺と――。…夕飛はもう、この関係、やめたい?」
「そんなこと無い!」

ベットに座る俺から、少し低い所にある薫に頭を寄せる。
額を肩に乗せると、凄く心地よくて。
友達のままだったら、俺はこんな薫の肩の心地よさを知らないままだったし、こんなに薫に頼りたくなる感情が…ましてや原因も得体も知れない不安なんてものがあるなんて知らなかっただろう。

「好きだよ。薫の事、好きだ」

俺の気持ちは月日が経つにつれて、深まっていった。
夏の暑い時期に、じゃれあった。
きっと、薫以外では想像も出来ないことだ。
唇を重ね、相手の舌に翻弄されて、快感を共にする。
挿入こそしなかったが、二人とも満足していた。

俺たちは、ずっとこのまま、これからもっと…、そうだろう?

「薫が、遠くて、多分、それが不安なんだ」
「こんなに近くに居るのに?」
「大学…、遠くなるじゃねぇか」

薫の唇が、俺の首筋を這う。
ゾクゾクとした快感に身をすくめた。

「そんな事で不安になってるのか?」
「薫…」

耳元で囁かれる言葉は、どこか切なさを纏っていて、それがまた心地よい響きとなって体を震わす。
そんなこと、かも知れない。
ただ少し離れるだけで、俺達は何も変わらずこのままこの関係を続けていくかもしれない。
分からない。

分からないからこそ、不安になってるのかもしれない。


「笑えるよ。その不安は、俺の不安に比べたら取るに足らない」
「――…え、」

俺の動揺が見えただろう、薫は自嘲的な笑みを洩らした。

「初めからそうだ。夕飛の感情と、俺が夕飛に抱く感情とでは温度差があるよ…」

「なんだよ、温度差って…!俺はもうお前に惚れてるよ、それだけじゃ駄目なのか、好きなだけじゃダメか?好きで、お前と離れる事に不安になってる。おかしいか?俺、おかしなこと言ってるか?」

耳に、柔らかい薫の唇が触れる。
労わるように優しく、震えるように動いて、静かな言葉が吐き出される。

「本当に、本気で思い合ってるなら不安になんかならないんじゃないか」
「そんなこと…、言い切れない、だろ」

離れたくない、ずっと傍に居たい、そういった気持ちってあるじゃないか。
そこに居た薫の姿がなくなるなんて、俺は想像した事ない。

「教えてやろうか。夕飛は俺を好きだと錯覚してるんだよ」
「な…なんだよ、ソレッ!俺の気持ち、お前はどれくらい分かってるって言うんだよ!」

カッと頭に血が上る。
酷い、酷い、と傷ついた心がわめくように、熱が発せられる。


けれどそれは一瞬でおさまった。


「夕飛は、俺に不変を求めただけなんだよ」


目の前の薫が“泣きそうだ”と思った瞬間、薫の後ろに桜が舞うのが見えた。

あの時と、同じ表情。
薫は、ずっとあの時から変ってないのか?
あのときの気持ちのまま、俺は薫を何一つ満足させてなかったのか?

あの告白の時、薫は俺にひどいと言った。

「夕飛は、夕飛の歴史から俺を消したくなかったんだよ。日常を日常のままで置いておきたかった。アルバムに写る俺の姿が、なくなるのは見たくなかった、変わらずお前の傍に俺の姿を置いておきたかった」

俺は、薫に酷い事をしたのか?

「俺が離れる事が嫌だった。今までと変わらずに俺たちの関係が続く方を望んだ。その結果だよ。夕飛の答えは」

不変。
俺が望んでいたのはそれか?
薫がずっと俺の気持ちををそんな風に思っていたのなら、それは薫を傷つけた事になるだろう。
けど、俺に言わせたら薫が自身を傷つけているようにしか思えない。






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