短編 | ナノ



夏 3





雑誌の後ろのほうに、一ページだけ気になるバンドが載っていって、そのライブ写真を食い入るように見てると、薫が戻ってきた。

「あぁ、そのページ」
「これ薫がチケット取ったって言ってたライブだよな」
「そう、結局行けなかったんだよな。…ほら、アイス」

アイスカップを渡されて、雑誌を片手で閉じた。

「さんきゅー」

カップの蓋を開けて、スプーンを突き刺し一口運ぶ。
バニラの甘さと冷たさが口の中に広がった。
二口目を運ぼうとして、その手を止める。

「なんだよ、欲しそうな目で見んなよ。薫もバニラにすりゃ良かったじゃねえか」

そう言いながら薫にカップを差し出した。
先ほどから薫の刺さるような視線が気になる。

「いや、違うくて。バニラじゃなくて」

ようやく俺から視線を外して、黙々とチョコのアイスを口に運んでいる薫。
パクパクと口に消えて、あっという間に半分ほどがなくなった。

「じゃぁ何」
「何でもねぇよ。アイス溶けんぞ」
「なんだよ、言えよぉぉぉぉ」

ぐりぐりぐりっと、肘で薫を突付くが、薫はされるがままで何も話さない。

「お前へンだぞ、今日。言いたい事言おうぜ。つうか、まだお前熱持ってねぇ?ちょっと熱計ってみろよ」

「やめろって!!」

って、俺はその時になってようやく分かったって言うか、薫の視線とか、そういうの、もしかしてこれは、俺のせいか?なんてぼんやりと思った。

「熱中症とかじゃ…ないんだな?」
「違う。大丈夫だから。俺なんか変だけど、大丈夫だから気にすんな」
「気にすんなって言われてもよー」

気になるし、変な薫を相手に俺が普通で居られるかって話だし。
ってか、俺たちってそういう関係なのにおかしいんじゃないか。
薫はまだ俺に気を使ってる?俺を避けたいのに避けれないだけとか?
ん?よくわからなくなってきたけど…でも。
今日までのベンチデートで何でも話そうって、言ったのに。

「だーめーだー!何でも話すって言ったろ。俺らの決めた事じゃないのか?何にも知らず、薫に嫌われてるって思って、薫に避けられて、それってキツイんだからな」

俺がアイスカップをテーブルに置いて、薫に向き合うと、薫も同じようにアイスカップをテーブルに置いた。カタン、とスプーンがカップからテーブルに落ち、アイスが少しこぼれても薫は気にする様子もなく俺に詰め寄った。

「キツイって…俺だってキツイ!」

また、俺の知らない薫の顔を見た。
今にも泣きそうで、そうだ、風邪で熱が上がって目が潤んでいる時、こんな感じかも。
怒っているわけではなさそう、けれど、戸惑いが伝わってくる。
薫の気持ちが流れ込んでくるような、そんな空気が俺を包む。

「夕飛は…、かわってんのかよ」
「分かって…うん、分かってるよ」

分からなかったけど、けど、今のお前見てたら分かるよ。
そんな意味を込めて、俺は薫に手を伸ばした。

「俺は…夕飛が好きなんだって」

うん、知ってるよ。

「お前は、違うだろ。夕飛は、俺に、同情してるんだろ」
「それは違う。同情とかで男とは付き合えないだろ」
「ならその意味分かってんのか。簡単に付き合ってるって言ってるけど、分かってんのか?お前の思ってる事と、俺が思ってることは、ちがっ…」


俺から仕掛けたキスだった。

俺だって、それなりに覚悟してここに来てるんだ。

何秒も無かっただろう、薫に詰め寄った俺が離れて、すぐに薫が小さく馬鹿だろ、って呟いた。

「馬鹿じゃねぇよ。俺だって、薫の事好きだって思ってる…」

「…、…うん、――ありがとう」

なんだその返事、って思ってるうちに今度は薫からキスされた。
それは、俺がちょっと引くくらいのキスで。
そんな俺を薫は逃がしてなんかくれなかった。

アイスの甘ったるさはどこかに吹っ飛んで、薫の熱い舌が静かに動く。
激しいわけではないけど、凄くいやらしい。
薫は女にこんなキスするのか、って考えて、すぐに打ち消した。

違うだろう。
きっとこんなキス、誰にもしない。

熱くて強くて…芯の強い、薫の意思がそうさせているキスの形。
きっと、それは俺に向けられた、俺だけの為のキスだ。

まるで訴えられているような、キスだった。






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