短編 | ナノ
春 3
中庭はかなり暖かく、桜の花びらも綺麗に散っていた。
校舎内から見えるピンクよりもとても鮮やかに見えた。
でも、どこか寂しく感じるのは“散ってる”からだろうか…。
俺の腕引く薫の手が離れ、少しの距離を置く。
薫を包み込むように、桜の花びらが風に舞う。
俺と向かい合い、ようやく薫は俺を見た。
たった数日のことなのに、久々に薫と目を合わせてまた緊張が走る。
俺の知ってる薫はこんなに不安な表情を見せたことなんてなかった。
「好きなんだ……」
花びらに乗るように、ふわりと聞こえた言葉は、俺の聞き間違だと思った。
桜から薫に視線を戻してみると、俺を捕らえていた薫の二つの瞳には不安が消え、揺るぎのない強い意志が伝わって、聞き間違いなんかじゃないと知らされる。
思考が止まったような。
桜だけがただ風に踊らされるように舞う。
「夕飛が好き、で。俺……」
薫の瞳が濃くなる。見ているこちらが胸を締め付けられるほど、薫の言葉が重たく響く。
泣く――薫が、泣く…。
実際そこに涙なんてないのに、薫の空気が俺まで包み込んで、のまれる。
「え…っと、」
俺は大きく呼吸を吸って、吐く。
動かず、まとまらない思考でも、何か言わなくちゃと口が先行く。
「まずいだろ。どう考えても俺頭おかしい…夕飛を見るたびに、っ」
薫の手はブレザーの胸の辺りを握り締めていた。
そこが熱くなるんだと、そう語られているようだった。
「いつからそんな…」
「分からない…多分、ずっと昔から。ただ、考えもしなかっただけなのかもしれない」
兄弟のように育ってきて、それは家族愛に近いのかもしれない。
それだったら俺にだって持ってる物で――。
「同じクラスになって、気持ちが止められなくて…俺どうして良いかわかんなくて」
「――…、だからって俺を避けてたのか」
「教室で夕飛見てると、苛々して…自分保ってられなくて。どんどん気が狂って行くのが分かるんだ。気持ち、っ、悪いだろ。こんな奴と…幼なじみとか、そんなのお前ヤだろ」
「気が狂うって…」
言われて俺が納得できるわけない。
ずっと傍に居て、ソレが当たり前で――、俺だって幼い頃からずっと薫の事見てたんだ。
ジャリっと足元の砂が鳴る。
「俺が持ってる気持ちはお前と…薫と、違うかもしんねぇ。けど…」
薫ってこんなに頼りない姿をするんだな。
いつも俺の前に立って、いつも冷静に俺をリードしてくれてた。
そこに薫の愛があるんなら、俺にだって薫に対する愛がある。
「けど、、それが間違っててもいいって、今は思う。気持ち悪くなんかないし、嫌じゃない…。薫が傍に居ないとか、考えられねえよ。俺は…、俺は、」
――お前に応えたい
俺は薫の手に触れて、そう答えた。
じゃれ合うことはあっても、こんなに純粋な気持ちで薫の手をとったことは初めてだろう。
「夕飛は、ひどいな…」
今なら分かるんだ。
あの時の、薫の言葉。
確かに俺は自分の事しか考えてなくて、薫を傷つけた。
けど、俺には薫が大切だった事に変わりはなくて、薫から避けられることが怖かった。
繋ぎ止めたくて必死だったんだ。
春:END
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