短編 | ナノ



05






もぞりと、すぐ傍で何かが動いたことで、俺の意識が浮上した。

(あぁ、寝てたのか)

少し体がダルくて、もう一眠りでもしようと寝返りを打ったときだった。同じ目線に、徹治が居た。

「何…」
「何じゃねぇよ、体はどうだ」

体はどうだじゃねぇよ、なんでいるんだ。
ベッドに肘を置いて、俺を横から覗き込んでいた。
徹治を家に上げた記憶は無い。これは夢か?
昨日帰宅して、風呂に入って、その辺りから俺の記憶は曖昧だ。酷く眠たかった事を覚えている。
風呂は上がっただろう、けど――。

「ベッドの上で熱出して転がってたぞ。俺が来なかったらどうなってたんだよお前。感謝しろよ。鍵も開けっ放しだった」
「あ…、俺…」

触れるシーツの感触に、自分が裸だと気付いた。風呂上りでパンツだけは履いていたものの…きっと徹治には全て見られたはずだ、体に付いたさまざまな痕を。

落ち込む姿なんて見せられない。
常に気丈に振舞わなくてはいけない。
裸の上半身を隠す事もせず、布団を剥いで起き上がった。

「また新しい男つかまえたんだな。少しは自分の体考えろよ」
「新しい男じゃないよ、ほらこの前別れたって言ってたろ?その人」

ピクリと徹治の眉が上がった。
分からなくない。俺だって徹治と同じ考えだ。

「お前、相手結婚するって――!」
「なんかねぇ。俺のこと気に入っちゃってんのかなぁ。離してもらえなくってさ。気持良いから、良いけど」

ぐっと肩をつかまれ、揺さぶられる。
攻められるのだと思っていても、肌に触れる徹治の温もりに幸せを感じずにいられなかった。

「睡眠導入剤がリビングに転がってた。そんなのに頼ってるヤツのセリフかよ!ヤバイ関係になってんじゃねえのか、悩んでんじゃねえのかよ」

「ヤバイ…?そんな関係じゃないよ。俺だってあの人が籍入れるまでには別れたいって思ってる。けどなかなか上手く行かないだけだ。俺は嫌で抱かれてるわけでもない」

「なら奏人がSM望んでんのか?その腕の痣、縛られてんだろ」
「ああそうだ」

出来るだけ、気持ちを切り離すしかなかった。
助けてくれと縋る相手は徹治じゃないから。

「――っ、なら、そんな顔すんなよ…」
「何、変なもの付いてる?」
「辛いんだろ?帰ってきて、熱出して、意識飛ぶほど辛いんだろ?」

徹治の視線が痛い。
そんな目で、俺を見るな。


俺はお前を、俺はお前に…


徹治、俺はお前が。


「奏人。俺にできること――」
「なら、今すぐ抱いてくれよ。今一週間オナニー禁止なの。俺に精子溜めろって指令おりてんだよ。だからお前が俺を抱いてくれたら相手に新しい男ができたって、理由付けれるじゃん?薄っすい精子と解れたケツで証明出来る」


さぁ、俺を突き放してくれ。

気持ち悪い事、言ってなって。
他の男を当たれって、言ってくれ。


「て、つ…」

いつになく、真剣な徹治の顔が近づいた。

望んでいたのか、そうでなかったのか。
けれど、今までに受けたキスのどれよりも気持ちが昂った。
触れ合うだけの徹治の唇は、少し冷たかったけれど、触れ合っている間にお互いの熱が交じり合い、同じ温度へと変化する。

求めるように、自然に唇を開いたのはどちらからだろうか。
深く混ざる舌に夢中になった。
徹治が、こんなに近くにいる。
徹治と口付けを交わしている。

そこに徹治の気持ちがなくとも、俺はこの事を綺麗な思い出として置いておくのだ。キラキラと、宝石よりも輝く思い出として。

「徹治…んっ」

首筋に降る、柔らかい唇。
ベッドに押し倒されて、徹治が上から覗き込んでくる。

また、あの目だ。



「――こういうの、違うだろ奏人」



辛そうな徹治の顔に胸が締め付けられた。

徹治が去っていく。
ベッドが軽くなり、遠くで玄関の扉が閉まる音が聞こえた。

「徹…」


徹治が俺から去っていく。
俺が、望みすぎたから。


「好き…だよ、徹治。好きなんだ。ずっと、ずっとお前だけ見てたんだ」

他の誰でもない。
体なんてどうでもいい。
この想いだけあれば、って大切なものを守ってるつもりでいた。

「好きだ、好きだよ、」

徹治の気持ち、考えずに、俺は徹治を傷つけて。

枕に蹲って、ひたすら自分の気持ちを伝えるしかなかった。

溢れてしまった気持ちと
長く抱えた想いと
謝罪の念と

伝えたい人に、何一つぶつける事が出来ずに。


「好きなんだ、徹治っ、…――徹治ぃ」


コンビニで見た、嫌悪の混じったあの女性の目。
思い出して、また気付かされた。

伝えてはなららない。徹治を引きずりこんではならない。

「ご、め…」

ごめん、好き。
好きになってごめん。
俺と友達でごめん。

でも、もうこれで終わったんだ。






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