短編 | ナノ
02
「徹治、ビール飲むか?」
「あー…酎ハイとかないの。ビールは飲みすぎてもういい」
冷蔵庫から缶を取り出すと、その一つを徹治の前に差し出した。
「会社の飲み会?」
「あぁ、婚約祝いでな」
「こん、やく…、」
ここでもまた覚悟を決めなくてはならないのだ、俺は。
人生最大の、覚悟。
徹治に視線を送ると、缶を傾けていた徹治が俺の視線に気付き、慌てて身を乗り出した。
「こら、俺じゃないぞ。会社の同僚がな、来年の春に結婚すんだよ」
「あ、そう。同僚…」
「奏人、今俺が結婚すると思っただろ」
「だってお前も純ちゃんと長いじゃん」
安堵と共に湧くのは、やっぱり諦めだ。
今はなくとも徹治だって身を固める時が来る。
その頃には俺はもっと図太い性格でもって、徹治の結婚式ではちゃんと祝福してやらなくちゃいけない。
十五歳で気付いた恋心は、もうかれこれ9年目に突入の淡い想いだ。
恋人を作ったって、その人に本気になったって、最後にはそんなフリをしていた自分に気付かされる。
振られた事と、やっぱりな自己嫌悪で毎回ダブルで落ち込む自分にも呆れるのだけど。
「純となぁ…」
「け、結婚報告はもちろん俺が一番だろ?むしろさ、両家の顔合わせに俺が付いて行ってもおかしくないくらいの存在でな」
そうやって笑って思いを吹き飛ばして。
ビールで想いを流し込んで。
なにやってんだろうなぁ、俺。
「なんか奏人、落ち込んでる?」
「――え?」
急に真剣な徹治の視線。
その全てを見透かすような視線。いつか、俺の片思いがバレるんじゃないかと思って、逃げ出したくなる。
「そりゃそうだろ、俺さっき振られてきたんだし…」
「どうせ本気じゃなかったんだろ」
「なっ…!そ、そんなこと無いっ」
いつだって、この人なら忘れさせてくれると思って真剣に付き合ってるんだ。
「徹治にはわかんねぇよ。絶対、俺の気持ち…わかんねぇ」
なのに、毎回上手く行かない。女の影を見つけたって静かに耐えているのに、いつも捨てられるのは同性の俺の方。
「あぁ、わからんな。その辺の男に抱かれる気持ちとかな。ただ出すもん出せたら良いんじゃねぇの?だから相手に簡単に捨てられるんだろ。何人目なんだよ、今日のそいつで。そんで明日にはまた別の男探すのかよっ!」
「――っ、てつ」
こみ上げてくる熱で、思わずぐっと拳を作った。振り上げそうになった腕は何とか堪えたけれど、震える肩はどうしようもない。
お前には何も分からない。
どんな思いでお前を部屋に入れてるのか。
ノンケのお前に、どうする事も出来ない思いを抱えて、伝えられない気持ちを摩り替えでもしなけりゃ、仲良しの幼なじみなんてやってられない。
「奏人、殴れよ、その腕で殴ればいいじゃねぇか!なんでそこで堪えんだよ!!俺お前を傷つけてんだぞ。お前怒って当然なんだ。なんでだよ、そんな無理やりな大人みたいになんなよ!さっき振られてきてんだろ、もっと俺に弱音吐けよっ」
「徹治…」
「クールな大人気取ってんじゃねぇよ。奏人らしさ、なくなってんじゃねぇのか。だからお前の良さ一つも伝わらないんだよ…簡単に捨てられて、ほいほいやってんじゃねぇっての」
俺らしさなんてとっくに忘れた。
気持ちを抑えるばかりで、我慢しか出来なくなった。
ただの我慢強い馬鹿だよ。
地元を離れたのは良い機会だったのに、結局こうやってお前は傍に居るじゃないか。
「俺らしさって、なんだよ。これが俺だよ徹治」
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