短編 | ナノ



01






男はソファに座り、煙草をふかしていた。
最上階ではなかったがバックの夜景はとても綺麗で、それがまたかえって癪に障るわけだけど。


「…け、っこん」


たっぷり間合いを取って出てきた言葉は彼の言葉を反芻するだけのセリフだった。

「ああ」

彼は深く吸った紫煙を吐き出した。
その向こうに見えていた夜景が霞む。

「―――、」


問いたい事は山のように出てくる。
相手は誰なのか、いつからの付き合いなのか、俺のことなんとも思わないのか。どういう気持ちで今日の今があるんだって。
けど、何一つ聞くことなんて出来ない。

「…そう」

「相変わらず淡白だな。さすがに動揺してくれると思ったんだけど」

そんな言葉を聞きながら、まだ温もりの残るベッドから立ち上がり、剥がされたままベッドの裾でくちゃくちゃになってしまったガウンを広げ羽織った。

「あなたの事だから、覚悟はしていましたけど。これでも驚いていますよ」

虚勢を張ったものの、幾分声が震えていた。
そんなことにも、きっとこの人は気付かないだろう。

「…そうか」

明日から彼はただの上司で、俺はしがない部下に戻るのだ。このわずか数ヶ月の付き合いを忘れ去る事にどれだけ掛かるだろう――。
それは短ければ良いに越したことは無い。
今回も駄目だった。それだけだ。









もういやだもういやだもういやだもういやだもういやだ

って何度も頭の中で唱えるのが別れた時の俺の癖。これでトータル何度目になるだろうか。
こうやって捨てられて、そのたびにいやだいやだと唱えまくって。そんで性懲りもせず次の男を探すんだ。

こういう結果も仕方ない。
だって男同士だから。
そして俺の相手は俺に飽きる。
それも仕方ない。
俺がつまらないだけの奴だから。

上手く隠されていたのだろう、相手に結婚を考えている人間が居ると思わなかった。さすがに今回ばかりは自分の気持ちもどうして良いか分からない。
浮気ならそれとなく分かる事はこれまでに数回あった。けれど決して俺から別れをつげることは無かった。

「淡白かぁ」

目の前で縋れって言うのか。縋って泣けっていうのか。それで引き止めれるとでも思っているんだろうか。
女に気持ちが行くのを引き止めたところで、また再び女性に気が向くものだろう?
引き止めることを繰り返したって、いずれ別れが来るに決まっている。
ならばみっともない姿なんか見せずに、胸張って別れたいってのが男じゃないか。

俺から別れを切り出して万が一にも縋られた日には減滅する。だから向こうが言ってくるのをひたすら待って、そしてあっさり承諾する。それが一番後腐れなくて良い。


車で自宅近くのコンビニに送ってもらい、そこで別れてからは過去の男を思い返して落ち込んだ。
こうやって落ち込んでしまうのが次への一歩でもあった。

重たい足取りで、ワンルームマンションのエレベーターに乗り込む。
駅から近いこのマンションはワンルームの癖に家賃は高い。けれど山に近いところにある実家から通うには残業などした日には不便で、入社して程なくして駅近に借りる事にした。
地元の友達とも、離れた。

エレベーターを降りると、フロアがまっすぐ見渡せて、一番奥、自分の家の前の黒い塊りがあるのに気付いた。
そして足早にそれに向かう。

「何やってんだよっ」

俺の声で目覚めたのだろうか、寝ぼけ眼が俺を捕らえる。
時刻は丑三つ時。一体コイツはいつからここに居たのだろう。

「おっせーよ」
「来るなら来るで連絡寄こせよ。ならもう少し早く帰って来れたっての」

「こんな遅くまで残業か?」
「え、あ…まぁ」

扉を開くと俺より先に先に部屋にと上がり込んでいく。

「うっひゃー!ベッドベッド!」
「ちょっと待てっ!シャワー浴びろよ。そのまんま布団に入るな」
「あー…、奏人(かなと)が先行けよ。俺はどうせ飲みの帰りだし、残業して来た人が優先だろぉ」

鼻歌交じりにテレビの電源を入れ、静かな部屋が急に騒々しくなる。
そんな風景を目にして、帰宅してここに一人じゃなくて良かったかもしれないと思った。

「奏人?」
「ん?…あぁ、俺は良いから」

その言葉を聞いて徹治(てつじ)がそっと傍に立つ。ぐっと近づいた頭は、そっと俺の臭いを嗅いだ。

「もしかして、風呂入ってきた?…残業じゃなくて男か」


幼なじみでもある徹治は俺が同性愛者だと言うことを一番に知った人間だった。
あれは高校生の頃。数度受けた告白に良い返事をしない俺を問いただし、挙句に知人の女性をあてがおうとされた時に、腹を括ってカムアウトしたのだ。

徹治にはその頃半年付き合った彼女が居た。

ノンケの徹治には、俺の気持ちなんて分からないだろう。
あのときの徹治の微妙な表情は未だ思い出せる。

「男だよ、男。そんで、また今日からフリー」
「今日からフリーって、お前…っ、まぁいいや。風呂借りるわ」

溜息をつきながら俺の横を通り過ぎていく徹治に、苦い感情が湧いた。
またか、と思われたのだろう。
浴室から聞こえたシャワーの音で、やっと固まったままの体が動かせた。
以前来た時に近所のコンビニで購入した徹治用のシャツを引っ張り出し、洗面所に放り込んだ。






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