短編 | ナノ
03
成長を続ける弟は、少しずつ家に寄り付かなくなっていた。成績を理由に行われた家族会議は数え切れない。
父の期待を背負っているのは自分ではなく弟なのだ。
今の位置を譲れるものならば、譲ってやりたい。
この脳を弟に移せるのならそうしてやりたい。
「くそっ!」
弟の行為は酷くなっていった。
まるで俺の存在がなくなってしまったように、自分が吐き出せばそれで終わりだった。行為の後、忌々しげに俺を見下ろす弟の視線から逃げるように自分の昂りをシーツで覆った。
熱は未だ開放されないまま、体内を何度も行き交う。
弟は行為が終わってもスッキリした表情など全く見せない。このところ見るのは苦痛の表情ばかりだった。
この先、どうなるのだろう。弟が医学の道へ進めるよう、父親はきっと手を回しているだろう、それで弟が満足しているようには思えなかった。
根は真面目だから、自分の力で這い上がりたいはずだ。
力になりたい、なのに俺は何もしてやれない。
悔しそうにうな垂れる弟を前にして、俺は思わずその広い体を抱きしめていた。
「――っ、くそ!」
反射的に弾かれた腕は、弧を描いて戻ってきた。
「哀れみか?同情か?お前にそんな風に思われるなんてな。頭の悪い弟を見下してんだろ!?お前は…そんな頭の悪い弟に喘がされてんだよ!」
再度ベッドに沈められ、俺は首を緩く振って否定の意思を見せた。
だが弟は俺の下半身を見て口角を上げるだけだった。
「なんだ、足りないんならさっさと言えば良いだろ。子供相手の医者が男に突っ込まれて起たせてるんだからな、滑稽なもんだよ」
「――くっぅ」
昂りを握りこむ手の強さに、思わず腰が跳ねる。空いた指先は乳首をつまみ、俺の反応に弟は声を出して笑った。
「冴えない小児科医。評判悪くてもやってけるんだから気楽なもんだよな」
気楽なものか。針のむしろのような環境だ。
全てを捨てて逃げたくても出来ない。
小児科医になって分かった事は自分が思っているよりも子供が嫌いではない事。
白衣を見た子供の強張った表情は、なかなか慣れないもので…。
「よかったよなぁ、親父の息子で。自分の人生、恵まれてるってわかってんのか」
一生懸命だ。
母子家庭だからと胸を張って過ごせるようにと必死だった母。
俺の成績順位を超えようと必死になっているクラスメイト。
そんな必死になる姿を、どこか冷めた目で見る自分を知っていた。
お兄ちゃんだから、頑張るんだ。この注射を頑張ったら絵本が買ってもらえるんだ。
そう、澄んだ瞳で伝える子供達に自分が向ける視線はとても相応しい物じゃない。
「……きで、……、ない。――お前に、何が分かる?…俺にはただ、勉強しかなかったんだ」
好きで、医者になったわけじゃない。
自分の父親に憧れて、母親におだてられ、気分よく居た所に、母子家庭の事実を突きつけられた。
いろいろな物が、一瞬に崩れ落ちる感覚。
幼いながらに…幼い心だったからこそ、今の自分の核となった。
弟の頭が胸の上に落ちてきた。
その頭を自然と抱え込むようにして、俺は初めて弟の頭を撫でた。
子供とは違って大きい。
髪も傷んでさわり心地も悪い。
なのに、どうしようもなく可愛く思える。
「お前は兄貴面すんじゃねぇよ。俺に謝罪しながら生きて行くんだ」
赤子のように、幼児のように、声を張って泣いている。
心の奥底で、誰にも気づかれずに。
そんなに泣かないで。
お医者さんは痛いところを良くする先生なんだよ。
弟の頭を撫でながら、呟いた。
「…早く、抱いてくれないか」
弟が俺を束縛するだけ、俺は安心を得る。
早く、白い世界に連れて行って欲しい。
真っ白の、何も考えなくていい世界へ。
END
100714
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