短編 | ナノ



02





人間関係とか、そこにある愛だとか情だとか。
つくづく切り離された所に自分はいるんだなぁと思う。

「春木先生!」
「…え、あ、はい」
「問診の時間ですよ。体調悪いんですか?子供相手なんですから考えてくださいよ」
「あぁ、大丈夫…です」

行きましょう、と聴診器を首から掛けなおし腰を上げた。
午後からの入院している小児患者の問診を終えれば今日はもう終わりだ。昨日の行為で足腰のだるさは残ったままだったが、義弟も俺のシフトを考えてくれていたのか、たまたまだったのか夜通し体を求められる事も無かった。



母親が亡くなり、自分が一人にされた時、頼るのは父しか居なかった。
そこで初めて父の家族の存在を目にした。
大きな屋敷、上品な妻、父親の息子は俺よりもずいぶん年下だった。
母を失って得た物は俺には重たすぎた。

初対面の時から向けられた嫌悪の視線。
自分から逃げ出す事も、拒絶する事も叶わなかった。自分の居る場所は此処にしかなかったのだから。

父の望むまま、いや、それしか与えられなかった医者としての道を自覚してから、俺は勉強をすることで現実から逃げていた。幸い成績もよく、部屋に篭って勉強をすると言えば家族の視線から簡単に逃げる事が出来たのだ。
父もそんな勉学に励む俺の姿に満足そうだった。

そんなある日、弟の方から俺に接触があった。
勉強を教えてくれと、部屋をノックされた時、少なからず湧いたのは喜びだったと思う。

部屋に入れても、教えてくれと言う割には彼の瞳から嫌悪は取れなかった。仕方の無い事だ、と思いながら机に向うように背を向けた瞬間、彼の力強い腕に引っ張られ、床に押し倒されていた。

声も出なかった、反射的に抵抗をしても、それ以上の力で押さえつけられる。鈍い音と、布が擦れる音。
勉強ばかりで部屋に篭るばかりだった自分とは違い、高校生になった弟は体格も身長も年下とは思えないほど育っており、よく日に焼けている小麦色の健康な肌は筋肉が綺麗に存在していた。

「っ、やめろ、何のマネだ…」
「お前が気にくわないだけだ」

嫌悪の視線には慣れていたはずなのに、正面から受ける力強い視線に思わず身がすくんだ。

分かっている、自分が疎ましい事も。
面と向かって言われなくとも感じていたことなのに、言葉にされるだけで想像以上の暴力となって自分に降りかかってきた。

「…殴るなら、さっさと殴ればいい」

どうする事も出来ないのだ、自分には。
この家を出る勇気もないのだから、弟の気持ちを受けなければ此処には居られない。

「それが気にくわねぇんだよ!冷めた面してんじゃねぇよ、お前がどんだけこの家かき回してんのか知ってんのか?お前が来なけりゃ……くそっ」

そんなこと、言われなくても分かっている。
それでも、自分の行く所は此処しかないのだ。

力で押さえつけられ、床に触れている肩が痛む。

「好きにしろよ。気が済むまで殴ればいい」

抵抗はしないという意味を込めて、体から力を抜いてみせた。そんなセリフも気に食わないのだろう、彼の怒りを増幅させたのか、目に力が宿ったように見えた。

「――じゃぁ、好きにさせてもらう」

「っ!」

そう言って、床に伸びていた延長コードを力任せに引き抜くと、そのコードで俺の自由を奪った。
弟は俺の膝を割って間に入り、ベルトを引き抜く。

「何を!」
「大人しく言いなりになってれば良いんだ。俺はお前を許さない。兄とは認めない。これは俺への償いだと思え」

その言葉を繰り返しながら弟は俺を抱いた。

弟の体は熱かった。自分へ向ける怒りが熱となっているようだった。抵抗は許されず、弟が指示すればそれを受け入れることだけが自分の役目だった。
自分が受ける恐怖も痛みも、全ては弟に対する償い。

俺が勉強をするといって部屋に入れば、度々弟も勉強を教えてもらうといいながら俺を抱きに来た。

医者になり、一人で生活できるようになるまでの辛抱だ、とあの頃は思っていた。この家から出て行くことばかり考えていたのに…。
もうどうでも良くなってしまった今、自分は家に住み続け、弟を受け入れている。
弟の体を、匂いを、熱を、覚えてしまったこの体は多分弟無しではもう駄目な体だ。
堕ちるような感覚で、全てを受け入れている俺だけど、時折、これでいいのだろうか、と不安になる。

その不安は、きっとまた自分が一人になる不安だ。





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