短編 | ナノ



01





生まれたての赤ちゃんは、好きだ。
無垢で、素直だから。

それに比べて子供は…
知恵がつき、口は達者。
なによりも、

一生懸命だから

嫌い。




―― ミルククラウン ――




「先生、良いですか?」

扉が閉まる音を聞いて、それと同時に看護婦の動きが忙しない物に変る。
それまで貼り付けていた笑顔が綺麗に剥がれているのだろうことは、見なくても理解できるものだ。
焦ったようにカルテが目の前に差し出された。

「…、ちょ、ちょっと待って」
「もうかなり時間オーバーしていますよ、安藤先生にお任せしますか?」
「あぁ、うん、お願いします」

承諾した俺の声を聞いて、額に青筋が立っただろうか。そしてまた俺の居ない所でこれは彼女達、看護婦のネタになるのだろう。

「少しは焦ってください春木先生」
「うん、焦ってもねぇ、いいこと無いだろ?」

傍に居た看護婦の動き、いや呼吸が止まったのかと言うくらい、ピタリと空気が止まるのが分かった。

「相手は患者ですよ!しっかりしてくださいっ」

その言葉に俺は“申し訳なさそう”に苦笑を洩らした。






勉強は大好きだった。俺にはそれしかなかったから。
俺がいい成績をもって帰れば母親は大げさに喜んだ。ただ単に、喜んでくれているのだと思っていたから、俺は小さい頃から遊びよりも母の笑顔が見たくて勉強ばかりをしていた。
学年ではいつも上位を保って。

殆ど家に居ない俺の父親は、何の仕事をしているのか知らなかった。
一度だけ尋ねた事があったが父親の口から答えを貰った記憶はない。母から教えられた事も曖昧にしか覚えていなくて、それが医療器具を扱う仕事と言ったのか、医者と言ったのか定かではなかった。
滅多に会う事が叶わない父親も俺の成績を聞けば喜んでくれ、その度に「本でも買いなさい」とお小遣いを与えてくれていた。
父親が白衣を着ているところを見た事もなければ、仕事の手がかりも何も家には何も無かった。思えば私物も無かったのにあの頃の俺の目指すところは自然と医学関係に向かっていたのだから、一種の洗脳じゃないかと思う。もちろんそれは母親の。

そして、思春期を迎えた頃に自分の立場を知った。
俺は“母子家庭”だった。父親だと思っていたあの人は一体誰?父親だと言うのなら、何故自分は“母子家庭”なのか。
学年上位を保っていたのも、自分が回りに劣等感を抱かない為、母親がそれを喜ぶのもまた同じ理由だったのだろう。



壁一枚隔てた向こう側で、子供の大きな泣き声が聞こえてきた。
注射を嫌がる必死な叫び声、それは痛みが来る事が分かっていながら、それを受けなければ行けないというその“恐怖”なだけだ。注射の痛みなんてものはよくよく考えれば一瞬のものだ。後に痛みを引くわけでも、血が出続けるわけでもない。
その一瞬が終われば、すぐに泣き止む。恐怖は残っても痛みはすぐに忘れる。

今日は安藤先生の方に五名ほど任せてしまった。手際の良い先生の事だから何てこと無いだろう。これで益々安藤先生を支持する患者が増えるだろう、とデータ化されたカルテを眺め、マウスでカチリと次の患者を呼び出した。

「春木先生、あと二名ですよ」
「はい、どうぞ」

パタパタとスリッパを鳴らして、看護婦が待合室へと顔をだし、次の患者を呼び込んだ。
“生後八ヶ月 朝から高熱”と、看護婦の走り書いた問診メモを見てから、入ってきた患者に視線を送った。

「こんにちは」

看護婦に負けないくらいの笑顔を貼り付けてお決まりの言葉を吐くと、自分の着ている白衣を見た瞬間、爆発的な声で鳴き声をあげはじめた。

「まだ何もしてないよー、そうかそうか、白衣のおじさんは嫌な事するって分かっているんだね、お利口だね」

見ただけで泣かれるのは結構ショックで、いつになっても慣れないものだった。

「悲しいなぁ」

「…すいません」
「あ、いやいや医者と言うのはそういう役回りですよね、気にしないでください」

小さい呟きを聞き取ってしまった母親からの謝罪に、思わずこっちが慌ててしまう。
別にこの小さい赤子も、母親も、誰も悪くないのだ。外来を担当している時の小児科医はみんなそういうものだ…いつだって、嫌われ者なのだ。







春木先生っていつも曖昧なことしか言わないでしょ?
それが保護者からしたら苛立つみたい。
そりゃそうよね、子供を任せてるんだもの、ただの風邪だったらまだしも重病だったらどうしてくれるの、って思うわよね。
毎回診察券受け取った後に「安藤先生にしますか?」って思わず聞いちゃうもん。
やっぱり安藤先生の方が安心して任せられるものね。
この病院の小児科、とことん人気なくなっていくわよ。


周りがなんと自分の事を噂しているのかは知っていた。もちろん直接的にも何度が言われた事がある。

好きでこの道に進んだんじゃない・・・。
俺にはこの道しか与えられなかっただけだ。


「ちゃんと意識してろよ」
「して、る」
「嘘つけ。ならもっと締めれるだろっ」

「――――ぐ、っう、」

投げやりな言葉と比例するように、腰を力強く打ち付けられる。

高校生とは思えない、立派な体格はとても半分血が繋がっているなんて思えない。俺は母親に似ているから並んでいても兄弟にはみられないだろう。

やる気がないと評判の小児科医が、裏では義弟の昂りを受けるだけの女役だなんて、誰が想像するだろう。
どこまでも情けない自分の生き様に笑いが止まらない。

「何考えてんだ―、ほら、ちゃんと受け止めろ」

ぐちょり、とイヤラシイ水音をわざと煽るようにたてられる。

許さない、許さない。
そう言いながら俺を押し倒したのは、いつだっけ。
無理やり身体を開いて、快楽も何も無いただ痛みだけを伴う好意は十分に俺を壊した。

怒りと、恨みと、全てをその行為に注いで。

なのに俺で感じて達するって、それまた馬鹿みたいだろう?
ちゃんと考えた事あるのか、自分が誰を抱いて気持ちよくなってるのか。

いや、俺も一緒か。

「っ、ふ…ぅっ、」
「達きたいならちゃんと自分で弄れよ」

シーツを掴んでいた俺の指を剥がずと義弟は間で昂った俺自身を触らせようと動かした。
それに反抗するつもりもない。
溢れた蜜で濡れたそれを握りこんだ。
義弟が笑う、同時に埋めているものの体積も増えた。

「――ん、…いい、」
「淫乱だな」
「動いて、くれ…、動っ…あぁ」

強弱をつけて擦り上げると、自身からもいやらしい音が響く。
卑猥な台詞を、熱っぽく何度も繰りかえし吐いていく。羞恥も何も、ない。
全てとっくの昔に捨てたものだ。
ただ、義弟を喜ばす為だけの行為だった。

「――イ、んんっ」
「俺がまだだ」

真っ白だ、やっと来た。この瞬間だけは自分の考えも全て綺麗に消える。
快楽と共に来る何も見えない真っ白な世界は、好きだった。

「まだだっつってんの、」
「も、駄目、あ、…だめだ、ッ」

行かせてくれよ、早く。
白い世界に。




ごめんね。
お医者さん嫌いだよね、そんなに泣かないで。
すぐ、終わるから。

柔らかい肌を、温かい肌を

切り裂くように泣く、声。






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