短編 | ナノ



07






「ヒジリ、傷の方はどうだ?」

「もう、すっかり…」

 数日の病人生活ですっかりと毒気を抜かれてしまったような顔をしているヒジリは俺が現れたと共に少し緊張した面持ちになった。
 そうだ、初めて会った時のヒジリはこんな感じだった。不安と緊張を持った表情をして、こっちの一語一句をしっかりと意識するように話を聞く。

 今も不安なのだろう。
 俺に切られる事、そうなってからの自分の事。

 考えてこっちの方が溜息をつきたくなった。毎日お金のことばかり考えて、自分の身を削いでまで、弟の命を繋いで。

 あの高慢な態度も、きっとそうせざるを得なかったのだろう、自分を持たせる為にも。

「ヒジリ、店の事で話がある」

「あぁ…とうとう俺クビっすか?まぁ仕方ないっちゃ仕方ないっすね」

 言われる事を覚悟していたのか、顔色一つ変えることなく口にした。
その奥底で何を考えているのか、どんな気持ちで今目の前に居るのか、全てを…知りたい。


「ヒジリ、…俺がお前を買うよ」


 パチリと開いた瞳に、初めて動揺が写った。

「なに…」

「お前を買ったんだ。拒否権はないぞ。膨大な金だからな、店を追い出したりなんかしない。俺の傍でしっかりと働いてくれよ」

「買う、って」

「買われるのが嫌だったか?なら貸した事にしておこう。お前を買った金は弟の医療費―…向こうの病院で話は聞いてきた。そして最善の治療が今すぐにでも、」

 ヒジリの指先が、シーツを握り締めている。見上げた揺れる瞳は俺の言葉を理解しようと必死なのだろうか。

「これからは肩の力抜いて生きて行けよ?俺の傍で、時間を掛けて金を返してくれれば良い」

「なんで、そんな、代表がそこまでする必要なんて、ない…」

「…店に置いておきたかった。ヒジリを他所の店に渡したくないって、これは店の為じゃなくて俺の本心かも、しれない」

 唖然と俺を見上げるヒジリに俺も同感だった。一時の衝動買いにしては高すぎる買い物だ。そしてそこまでする理由は俺にもまだ分からない。

「買うっつっても、そんな金…」

「金持ちの娯楽にしては高いよなぁ。…ヒジリにとっては悔しいか?今まで頑張ってきた事に俺が手を出して」

 今後の事は俺にだって見えない。
 ヒジリの弟がこれからの治療でどう変わっていくのか。それによっては考えているだけの金額ではすまないかもしれない。
 そんな不安をヒジリはたった一人で背負っていたんだ。その重さが少しでも軽くなるのなら。彼の不安をぬぐいきる事が出来なくとも少しでも頼れる存在になれたのなら。

 少しでも周りを見る余裕が出来れば良い。


 俺の言葉に首を振り続けるヒジリの頭が、徐々に握り締めたシーツに埋まっていくのを、俺はなんともいえない気持ちで見ていた。

 こんなにも、気を張っていたのだ。
 誰にも悟られぬよう、誰にも公言せずに。


「出してもらう義理なんて、無い。…だから貸しで、お願いします…どれだけ時間かかっても、体張って返します、から」

 消えそうな声で、最後には感謝の言葉も口にした。


 うな垂れたままのヒジリの頭を見下ろして、白い項に目を奪われた。結局俺の提案ではヒジリを懐には入れれなかった。この見えている首筋もまだ、俺のものじゃないということだ。

 俺は俺で、ゆっくりと時間を掛けてヒジリに俺を浸潤させよう。安心できる場を提供しよう。

 先の見えない不安も、長い時間を掛けての恋愛の駆け引きに変えてしまえば面白いじゃないか。





end.


081202


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