短編 | ナノ
06
点滴を取り替えていた看護婦と入れ代わりに、目の前に現れたのはオミだった。
いつもと変わらないニヒルな笑顔で俺を見下ろす。
「…無様だろう」
「あぁ、無様だな。カヲルの代りに刺されるなんて」
「カヲルは」
カヲルは…分かっているだろうな。あの男が女の名前を呼びながら、店から出てきた俺達に突っ込んで来たんだから―…。
「カヲルはあの後姿を消したよ、家はもぬけの殻。お前は単なる刺され損だよ」
「…あぁ」
そうなると思った。
少し前からカヲルがこの仕事に対する意欲が無い事には気付いていたし、こんな事になってしまえばもうしがみつく意味もないだろう。
「痛むのか」
「散々俺を殴ったオミがそれを訊くのな。笑わすなよ、傷に響くから」
「うるせ、お前が居ないと張り合いが無いんだよ」
張り合いどうこうでも殴られた方の身にもなってみろよ、と内心毒づいた。けれどこうやって一日病院のベッドで横になっていれば、何気ない話し相手の貴重さが身に沁みるようだった。
――もっと長時間見舞いに行けたなら、一日付きっ切りで世話が出来たなら…
ずっと、ベッドに張り付いたままの弟に思いを馳せる。彼は毎日何を思っているだろうか。
自分の身体に何を問いかけるだろうか…。
薬を服用すれば普通の生活が困難なワケではない、けれど不安定な爆弾を抱えたまま生きるよりも、ちゃんと治して欲しい、そしてこの先の人生を全うして欲しいと、唯一の肉親だから思うことなのだろうか。
自分が独りになることを怖がって、必死になって命を繋ぐ為に金を稼いでいる、なんて思いたくは無いのに。実際はどんな汚い事をしてでもお金の価値が変わらないのなら目の前の金に食いつくだけだった。
考える時間があるのならその時間を稼ぐ事に使いたかった。
弟が知れば、何一つ喜んでもらえる事なんて出来ていないけれど。
本当は、逃げ出したくて、弱音だって吐きたくて、そんな今だって独りなら、何も変わらないんじゃないかって思ってた。
あの、腹に痛みを感じた瞬間。自分の血液の温かさを知った瞬間。
全てを投げ出して、もう終わらせてしまっても良いかと思った。弟にこの身を差し出すように。
見上げた星一つ見えない都会の夜空は、何も伝えてなど来ない、悲しみも、感動さえもない。でも、何も感じない今だからこそそう思えたのかもしれない。
こうやって命があればまた無心に生きていくだけだ。いつかは、と願いながら。
「ヒジリ?」
「――…また休んだ分取り返さないと、」
「おいおい、そんな事は今考えるなよ」
集中治療室からすぐに一般病棟に戻ったが、許可が下りるまではもう少し掛かるようだった。
退院した所で仕事に戻れるかは分からなかった、あんな騒ぎになったのだ、仕事になるのか?また新しい店で一から積み上げていくのかと思うと、今の自分には女ウケするような自分を作り上げる事が苦痛で仕方なかった。
ベッドに横になっていれば、焦りともどかしさとでどうにかなってしまいそうで。
カーテンの向こうに人影が見えて、そのカーテンが開くと、やたら豪華なフルーツ盛りに花束付きで代表が現れた。
「オミ、交代」
そう言われて、オミはあっさりとその場を去った。
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