短編 | ナノ



02






 桜が舞っている中。


 俺、穂高 成(ホダカ ナリ)は幼馴染の河合 尚人(カワイ ナオト)に告白をした。


 それはきっと卒業式、に感化されていたのかもしれない。桜のピンクと空の青が綺麗な日だった。

 後先考えずに、勢いで口から出た言葉に、俺自身も驚いていた。一生言うことはないと思っていた言葉。自分の中だけで留めておかないといけなかった言葉。


 なのに、なぜ言ってしまったのだろう「好きだ」なんて。



 一瞬、時間の止まった俺たちの空気。その直後、尚の口から紡がれた言葉は無情だった。


「俺、男には興味ねぇよ。お前、ホモ、だったのか・・・笑えねぇ」


 足元から感覚が無くなっていくということを体感したのはこの時が初めてだった。俺だって、男には興味なんかない。ただ一人・・・尚だけだった。

 中学生になってから気付いた恋心は3年間俺を嬉しくもさせたし、苦しめたりもしたんだ。


 卒業式で告白をして無残にも散った俺は、もう尚とは仲良くできないんだと打ちひしがれて、もうさよならだと部屋で涙を流していた。

 だがそれは何も知らない親によって、悲しむ暇なんてものは与えてもらえなかった、直ぐ隣に住んでいるという現実がそうさせなかった。

 尚の前に姿を出さなくてはいけなくなった俺に初めのうちは嫌がる素振りを見せていた尚も一年も経てばご飯を運ぶ俺の存在に慣れていった様だった。



 嫌われていると判っている。俺だって好きで尚の前に居るんじゃないんだ。

 尚もいつからか、俺が来ると分かる日には女を家に連れ込んだ。俺には少しの可能性も無いんだと、そう遠まわしに言われているんだと知っていた。


 嫌だ、嫌だと思っているうちに、自分の感情が麻痺していくのが分かっていた。

 女物の靴を見ても涙は出ない。

 情事の後を漂わせている二人を見ても、涙は出ない。

 胸は、酷く痛むけど気付かないフリができるようになった。強くなった、というよりは麻痺だった。


 そんな麻痺は自分の部屋に入ると感覚を取り戻し、何度ベッドに沈まって涙を流しただろう。いつになったら、俺の涙は枯れるのだろう。



 早く高校を卒業したい。

 この家を出たい

 尚の隣の家なんて要らない

 ・・・何より尚だってそう、思っているんだろうから。







 目が腫れないように、と抑えた涙のせいか、昨晩からガンガンと鳴り響く頭。

「母さん・・・頭痛いから、学校休みたい」

「何馬鹿なこと言ってんの。学校行ったら治るわよ」

「――・・・」


 甘くない。俺の母親は全く以って甘くない。小学校から学校を休ませてもらえることなんて滅多になかった。

 ゆっくりと学校に向かって歩くも頭痛なんて治まるわけもなくって。少し寒くなってきた朝の気温がなお更頭に響いてくる。


 少し前を歩いている尚に気付いて、ますます頭痛が酷くなったようだった。

 昔は、見つければ声をかけて、仲良く登校していた、のに。もうそんなことは許されなくて。家へ料理を運ぶことだけが仕方なく許されている、そんな感じ。

 学校で声をかけることなんて皆無だ。


 ズキズキ、と痛む頭を抱えて何とか午後の授業を終えて、昼休みは気分を変えようと屋上へ向かった。


 薄暗い階段を上がって外に抜ける扉を開けたとき、目の前にある光景に動きも言葉も失った。

 神様たのむよって心の中で嘆いた・・・


「やッ!」


 尚の上にまたがっている宮本さんの姿。

 まだ、事は行っていないのか、キスだけなのか・・・俺の姿を見つけた宮本さんが慌てて飛びのいた。そしてすぐさま尚の舌打ちが俺の耳に届いた。


 俺だって見たくて見てるんじゃない。こんなところでヤろうっていうお前らが悪いだろ。

 俺は、悪くない。悪く・・・ない。


 なのに、尚の舌打ちが、冷たい目が、胸を刺す。

 頭痛はますます酷くなって、その場から立ち去ることもできないままだった。

 宮本さんが急ぎ足で俺の横を通り抜け屋上を去っていく、その後に続いて出て行く尚。


「お前、ほんと最悪だわ」


 すれ違い様に、投げつけられた言葉。尚から香る宮本さんの香りが酷く鼻についた。


 大きな音を立てて閉められた古びた屋上の扉の音を聞いて。その場にぺたりと座りこんだ。


「・・・・い。・・・痛い・・・」


 ズキズキと、痛むのは胸か頭か。



 慣れただろ、なんて事ない。

 諦めることさえできれば良いだけだ。傷つくこともなくなるんだ・・・・

 なのになんで忘れられないのか

 これだけ拒否られているのに、懲りない自分が恨めしかった。






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