短編 | ナノ



05






 静かな、病院の廊下。

 ヒジリの命には別状はないとのことだった。
 ただ術後と言う事もあって集中治療室に放り込まれてはいたが。

「オミ、お前はもう戻って良いぞ。服も早く着替えないとその姿、異様だ」

 廊下でオミと二人で長いすに腰を掛けていた。オミの服にはところどころにヒジリの流した血の跡が残っているままだった。

 お互い気が抜けたというのか、何気ない事を口にしたりはするもののなかなか腰が上がらない。

 目の前で人が刺されたのだから、当たり前か…。

 命に関わらなくとも、あまりにも衝撃的だった。未だ脳裏に残る、切り付けられた傷から溢れる血の赤。

「代表…俺、着替えてまたこっち戻って良いですかね」

 ヒジリの事が心配なのだろうか、あれほど折り合いが悪そうだったのに…、あんなふうに溜め込まずやり合えるほうが陰湿でなくて良いのかもしれない。

「――…あぁ好きにしろ。俺はちょっとヒジリの家に行ってくるから」









 住所を頼りにヒジリの家へと向かった。タクシーを降りて見上げたマンションは、至って普通の築数もそこそこのマンションだった。

 ヒジリの持ち物から取ってきた鍵を差込み、静かに扉を開くと視界に写るその部屋に驚いた。
 ホストの部屋とは思えないほどの質素な部屋だった。まるでホストの駆け出しかと思えるくらいの。ヒジリほど売れれば、豪華な家電を揃え、大きなソファを置き、というのばかり見てきたのだ。買わなくとも貢いで来る相手もいるだろうに。

 何もないリビング。テレビさえ置かれていないその部屋にはソファなんてものももちろん無かった。

「ここに住んでる…よな」

 生活感が無いわけではない。キッチンには調理器具、小さい冷蔵庫に小さい二人掛けのダイニングテーブル。そのテーブルの上には郵便物が散らばっていた。

 ヒジリが口にした弟を頼むという言葉が気がかりだった。が、明らかに男二人が住んでいるようには思えなかった。
 寝室に使われているであろう部屋に入っても、折りたたみの簡易ベッドと、クローゼットには溢れんばかりの服が覗いていた。全て仕事として着るスーツばかりだったけれど。
 
 弟は家出少年か何かか。
 その部屋の隅に置かれた棚、そこに唯一の引き出しを見つけた。棚の上には時計や装飾品が並べられている。

 見渡した所引き出しなんてものはこれ一つしかないようで、開けるとそこには何かの書類と通帳が出てきた。その書類に視線を這わせて息が詰まるようだった。

 全てがカルテに書かれたメモのようなものだったから。

 病状説明、今後の治療、家族に対する同意書…全の書類が病院のものだった。名前を見ればヒジリのものでは無くて…

「弟、か…?」

 難しい言葉の羅列の中、走り書きされたような簡単な心臓の絵と心筋症、という文字が目立つ。

 通帳と一緒にされている病院の住所と振込先、ヒジリが金を欲しがる意味がそこにあった。
 今ここに弟が居ない事も、きっと。







 起きたという意識なく、目が覚めた。全てが酷く重たくて、しばらくぼんやり天井を見つめてから、自分が置かれている状況を思い返した。

 思い出して、すぐに意識したのは左わき腹だった。痛みはそれほど感じないのに身体だけがやたら重く感じるのは麻酔のせいなのだろうか…。



 生きている。


 あのまま死ねば、俺の代わりに多額の保険金が入っただろう。

 俺の代わりに大金が入ったところで、弟は独りになる。

 金が用意できなければ、いずれ弟には死が訪れ、その代わりに俺が独りになるのだろう。

 金を…稼ぐしかなかった。少しでも早く。俺がこうやってベッドの上に横たわり命に関わらない傷を治している間も弟には着実に死が近づいている。

 自分の右腕を持ち上げた。

 何本もの管が一つの針に繋がれていて、自分自身の体温も感じないのに、針の刺さった部分が異様に冷たく感じた。
 
 溜息のようなうめき声が、自分の口から漏れる。

 “一人突っ走ってただけだ”と、代表の声が響く。
 突っ走らなくちゃいけない、それしかない。立ち止まる事は俺にとって後の後悔にしかならないのだ。






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