短編 | ナノ
03
◇
「ヒジリ、どういうつもりだ」
「どうもこうも、まんまですねぇ」
ヒジリとボーイができているだとか、ヒジリがちょくちょくどこぞで身体を売っているだとか、そう言った話をこのところ良く耳にするようになった。
個人の恋愛だろうかと思いもしたが、売りへと話が及ぶのならこれは責任者として目を瞑っているわけにはいかなくなってくる。
呼び出して問いただせば悪気もなく肯定するだけ。
「ヒジリは何がしたいんだよ。お前はホストだろ?それが恋愛絡みだというのなら話せるところまで話せば良いだろ」
「恋愛とかこれっぽっちも含んでません」
「ただの遊びや金儲けで店の関係者に手を出すのならこちらも考えるしかないんだ…」
「……クビ、ですか」
顔色一つ変えずに構えてる姿は、きっと自信の表れだろう。この店はただの器でしかない。彼にとって金が稼げるのならば店はどこだって良い事だ。それに今となっては自分を拾ってくれるホストクラブは山のようにあるだろう事も感じているはずだった。
「辞めても良いが…また一からだぞ。折角この店で形はどうであれここまで登ってきてるんだ。簡単に手放すようなことをするなよ」
そう、口では言ってるけど。ヒジリを手放す事を拒んでいるのは俺、なのかもしれない…。
「ヒジリ、金か?…金さえあればそれでいいのか?」
「そうですよ」
即答で返ってきた返事。
彼が何故そんなにもお金が必要なのかはわからなかった。何か夢でもあるのだろうか、それとも借金か。生活も弟と男二人ならば大してお金は必要ないはずなのに。
「なんで…、」
「金さえあれば、って一度は皆思うでしょう。俺は自分がどれだけの金を動かせるのか…、ここでは腕次第で伸し上がる事だって出来るんだから、どこまで出来るかって、挑戦したくなるってもんじゃないですかね」
初めて来た時のヒジリはこんな瞳をしていただろうか。悪魔に魂を売ったというのは言いすぎだけど、何かが彼を変えてしまったのか?それなりに客が付く自分に酔いしれた結果か?
この店に引き込んだ事は失敗だったのだろうか、彼はホストなんて仕事をするべきではなかったんじゃないかと―…
そこまで考えて、自分が一人の人間にここまで入れ込む必要性があるのかと思い、思考を遮断した。
ぼりぼりと頭を掻いて、それから煙草に火をつけた。
「代表も金積んでくれれば、俺は身を差し出すよ」
「それは売りって事だよな」
「そうなるかな…でも、どう?この店に引き止めておくく事にも繋がると思うけど」
それは引き抜きの声がかかっているという事が言いたいのか。
「俺はそういうの困ってないからなぁ…経営も、欲求も満たされてるんでね」
店を出るというのなら止めはしないだろう。惜しいとは思うが、ヒジリ一人で保っている店ではない。そして俺は男にまで手を出すほど困ってなどいない。
くすくすと笑い出したヒジリは視線を落として
「――金がある人ってのは、本当に困ってる所には金流さねぇもんだよな。こうやって遊ぶだけの金ってのは毎晩大金が動いてるって言うのに…、」
そう言った。
表情は上手く読めなかった。それは俺をからかう言葉だったのか、自分に金を出させる為のセリフなのか。
「なんだ?金に困ってんのか」
「困ってるっつったらくれる?」
身体を売るほど困っているのか、という言葉が出そうになって、それを飲み込んだ。
「マジで困ってんのか?ヒジリにまでなるとかなり上位の支給額だと思うが。それでも足りないって…何ヤバイ事してんだ」
「アハハッ、ヤバイ事、そうだよな…」
ひやりとした。
声を出して笑うヒジリが本当に何かやばいことに首を突っ込んでいるんじゃないかと思った。
「ヒジリ、」
「あぁヤバイ事なんてなんもないっすよ。いやー面白い。金って怖いなぁそんなイメージ植えつけちゃうんだもん」
多額の金の裏に何かがついたりという考えは普通だろう、この世界だって一歩方向が違えばヤクザなんかとの繋がりなんて簡単に作れる世界だ。この店だって根っこの根っこ、ずっと深いところではそうだろう。店を任されただけの俺はそこまで関わりたくはない話だ。
「…もう、いいっすか?クビにするならそれで構いません、多分オミは喜ぶでしょうけど」
「――取り敢えずだ、店の者や客に今後そういった事をするなよ。売りがしたいならそっち系へ行け、うちはホストクラブだ」
はーい、と間延びした声を出しながら反省の色無しでヒジリが去っていくのを見て、胃が痛くなるようだった。
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