短編 | ナノ



01





 扉を開けた瞬間、耳を劈くような激しい物音が響き渡っていた。

 グラスの割れる音、椅子の倒れる音…それから、怒声。

 またなのか、と呆れて溜息をついた。毎度毎度良くやってくれるものだ。備品は壊れるたびにすぐに新しくなるけど、生身の身体はそうは行かない。おまけに顔は商売道具だとあれほど言っているのに――

「はい、そこまでそこまで。……やっぱりまたお前らか」

 上げた腕を今にも振り下ろそうとしているオミの腕を取った。
 そこから覗き込めばこの腕がすでに何度も振り下ろされている事が乱れた服装や髪から伺えた。だかそこに居る男はひたすら顔だけを守り、どんな表情をしているのかなんて判らない。
 けれど、きっと、笑ってる。


「…ヒジリ、いい加減にしろよ」

 俺の声に反応してやっとその顔を上げたが、ニヤリと笑う口元にまたオミの腕に力が篭るのが分かった。

「オミ、お前は掃除して。ヒジリは俺と事務所。それからコレ説明できるヤツも来い」




 ― s a v e ―



 煌びやかで、そこは一つの単なる夢の世界だ。現実から離れてひと時の快楽を求め時間を忘れてその時だけは自分が誰よりも一番の存在になる。
 多くの女性が毎晩大枚を叩いていく、毎日大金が回っているホストクラブ。


 引っ張り上げるようにヒジリを立ち上がらせると、そのまま事務所へと半ば引きずり連れ込んだ。よたよたとやる気のない足取りで進みながら、乱れた髪を一応は気にしていた。

 事務所のソファに座り、ヒジリを見上げると先ほどと変わらぬ笑みをそこに貼り付けて、襟を正すと客に向けるような色のある瞳で俺を見返してきた。

「ヒジリ、この店で問題が起こる時ってのは決まってお前絡みだ。今回の事だって予想が…」

 その時、控えめなノックが言葉を遮り、視線を送ると申し訳なさそうに扉が開いた。

「失礼します、代表」

「あぁ。大体予想は付くけどな。簡潔に報告してくれ」

 ボーイである彼が見ていたのはオミがヒジリに突っかかる所からだったらしく、その合間合間で交わされる言葉を推測して、早い話オミの客にヒジリが手を出したということ。

 ボーイが事を伝えるだけ伝えて部屋を出て行く。そんな予想通りの答えに呆れていた俺に、またヒジリはニヤリと笑いを投げ掛けた。

「別に俺が悪いわけじゃないっすよ?指名してくれってこっちから言ったわけでもねぇし。たまたま外で会ってそういやうちの客だねって会話したくらい。それで客が次から俺を指名してきただけで。…これ単にオミよりも俺と話したいって事だろ?俺なんか悪い事してる?オミの頑張りが足りないだけじゃないの」

「ヒジリ…これが初めてならな。お前はただナンバーワンを狙ってるだけなのか?」

 これまでも度々起こっていた事だった。
 今までの客の層から言っても、今回相手の客の名前が出てなくともオミのどの客が渦中の人物かは予想が付くことだった。
 ヒジリは決まって、簡単に貢いでくれるような太客を狙うからだ。

「ナンバーワンになんてなるつもりないっすよ。まぁ実質狙ってるのと変わらないか…俺は金さえ稼げたら良いんですから。金ですよ、金。それだけです」

「お前なぁ…、その態度、改めるつもりがないのなら永久指名制にするしかなくなるんだぞ」

「かまいませんよ、別に。そうなればナンバーワンを狙いに行くだけですかね」

 ヒジリは笑いながら肩をすくめてそう言い放った。
 そんな無茶しなくとも自然体でいたってヒジリは時間さえあれば上に立つ人材だと思う。端正な目鼻立ち、少し細めのすらりと伸びた一見華奢にも取れるその身体も中性的な表情を織り交ぜれば女性の心をくすぐるに違いない。蓋を開ければ乱暴な正確も客の前ではスパイスにしかならないのだから。

「何をそんなに慌ててるんだ?」

「慌ててる?俺が?」

「そうだろ?何故にそんなに金が必要なんだ」

「店にとって悪い事してるわけじゃないでしょ。まぁ、しいて言うなら駆け引きで女がこっちに心移りして悔しがってるヤツを見れて、なおかつ金が入ってくるなんてたまんない、ってとこですかね」

 ホストになるべくしてなったのか。女を簡単に手玉に取り、根こそぎ金を出させる、そう仲間内で言われている事をヒジリ本人も否定はしなかった。

 その駆け引きが面白いと決まって言う。

 嵌った人間が簡単に自分に金を出す。女が自分に嵌る瞬間が快感でたまらないのだと。以前にもヒジリの口から聞いた言葉。

「お前の私生活が恐ろしいよ」

 溜息しか出なかった。

「彼女はいないっすよ?そうだなぁ、さすがに彼女にまで借金させて貢がせたりはしませんけど」

「お前な、バチ当たるぞ、バチが。オミには俺から言っとくけどな、次同じような事になってももう俺からは庇いきれないからな」

「庇う必要ないじゃないですか、この世界はそういうもんでしょ?オミが自分磨きをもっとすれば良い話じゃないっすかー?」

 反省の色などない、いつだって強気で協調性の欠片もない。一人でただ前を見て突っ走っているだけだった。

「お前な、店の儲けになるつっても雇われてんだ。あまり好き勝手してもらうとこちらとしても困るんだが?これ以上大きな問題は起こさないでくれよ」

 返事の言葉など発することなく、またヒジリは肩をすくめて背を向けると扉の向こうへと消えていった。






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