短編 | ナノ
01
「成!ちょっと頼まれて〜!」
下の階から母さんの声が聞こえた。
まただ、嫌だ。
でも嫌なんて言ったらネチネチと文句を言われて結局は頼まれたことは引き受けなくちゃいけない事は分かっている。なら、最初から文句を言わず従うのが一番・・・。
階段を下りて行こうとすると、階段下に母さんの姿があった。
「なに」
「成、これ尚ちゃんの所へ持って行ってちょうだい?今日も出張なんですって」
「へいへい・・・」
母さんが差し出した大きめのタッパーが入ったスーパーの袋を受け取った。
尚、ってのは隣に住んでいる俺の幼馴染。お互いの親がここに越して来たときから仲良しで、たまたま同じ年に子供を生んだ。それが俺と尚だった。
尚の両親は共働きで昔からよく家を留守にしていた。そこで俺の親が尚を家にに呼んで食事をしていたのだけど、高校生にもなった最近では年頃だしって事で気を使って食事を尚の家に運ぶことが多い。
そしてその運び屋が俺・・・
靴のかかとを踏んで、家を出るとすぐ隣の家へと入っていく。きっと今日も鍵なんて掛かっていない。
扉を開けると玄関には女物の靴。
・・・またか。
ため息をごまかす事も含めて、わざと音を立てて玄関の扉を閉めると靴を脱いで上がっていく。リビングはシーンと静まり返っていて、誰も居ないことを告げていた。
きっと尚は、上で女連れ込んで仲良くやってるんだ。
ズキズキ、と痛む胸はもう慣れた。それが痛んだからってどうすることもできない。
テーブルに母親から受け取った夕食を置いて、書置きしてさっさとこの家を出ようと急いだ。一瞬、冷蔵庫に入れておいた方がいいか?とも思ったけど料理が傷んでもあいつなんて腹こわせば良いんだ。
“夕食だ、残さず食え 成”
それだけ書いてリビングを出ようとした。
「うわ!」
そのリビングの入り口に2階から降りてきたらしい尚が前に立っていた。
「よう。飯か?おばさんによろしく言っといてくれよ」
ダイニングテーブルに寄って来る尚から女の匂いがして、一気に気分が沈んだ。分かっているのに、・・・・未だ慣れないもので。
「じゃ、俺帰るから」
「待てよ、折角だから一緒に食おーぜ?」
腕を掴まれた瞬間に身体が火照って慌てた。ダメだ、こんなんじゃ、ダメなのに。
焦る心とじっとりと汗をかく手。
「な、何言ってんの、彼女と食えよ。俺は帰ればあるんだから」
ラップをはがし、おかずをつまみ食いする尚。はだけたシャツの胸元と、そんな仕草が官能的で、ついつい俺の目はそんな尚の姿を見つめてしまう。
「アイツはただのセフレ。もう帰るよ。」
なんでもないことのように言うのと同時に二階から降りてくる足音が聞こえて身体を強張らせた。俺の気持なんて知る由も無く、その女性はリビングに顔を覗かせた。
「あ、穂高くん。コンバンハ」
「宮本さん・・・。コンバンハ」
「じゃ、尚人、私帰るからね〜穂高君もまた明日!」
思っていたよりもあっさりと彼女は帰っていく。学年でもそこそこ人気のある宮本さんがまさかこの家に居るなんて。
どうせなら俺の知らない女だったら良かったのに。・・・そうすればまだこの痛みは薄かったはず。
小さくて、柔らかい、胸もあってぽってりとした唇。
尚のタイプはまさにそういう女性だ。
そんなのは初めからわかっていたんだ。
そして、俺は紛れも無い男、で・・・。初めから勝ち目も無ければ見てももらえない“対象外”。
「お、まえ・・・宮本さん食うなよ」
「ん〜誘ってきたのは向こうだぜ?向こうだって遊びだって言ってるしな」
「俺、やっぱ帰る。帰って食べるから。」
「・・・・・何?嫉妬しちゃった?まだ、俺のこと好きなんだ?」
笑いながら、馬鹿にしたようにそんな言葉を出す最低な男。そして分かっているのに諦めきれていない俺。
「お前なんか、嫌いだよ」
振り返って目を見て言えたらいいのに、できるわけ無い。
この苦しみから抜け出したいのは他でもない俺なんだ。
勢いよく自宅の玄関を開けると一目散に自分の部屋に向かい、そして扉を閉めた。途中母親に何か言われたけど全て無視して。
布団に包まって、静かに涙を流す。
苦しくて、痛くて。胸が、頭が・・・ものすごく、痛い。
あの頃に戻れたなら、過去をやり直すことができたなら・・・
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