短編 | ナノ
11
「律・・・」
先輩の声がすぐ傍で聞こえて、俺の肩に手が置かれた。
「ど、どうしたん蒼人先輩・・・」
「おまえ金持ってんのか?ほら、これ」
きょどってる俺に差し出されたのは千円札二枚。
「立て替えるくらいは何とか財布に入ってるって」
「あ?なんや律・・・酔ってんのか?ほっぺた赤い・・・」
伸びてきた手はそのまま俺の頬に触れた。
その瞬間自分がどんな顔してたか・・・考えるのも嫌やけど、先輩が慌てて手を下げたから、相当やったんやと思う。
「ごめん」
まだ先輩の事好きやって・・・バレたかな。
そんなふうに、謝らんとって欲しい。先輩はそんなつもりないやろうけど、なんや・・・惨めや。
「先輩、えぇよ戻って」
「ここまで来たんやから一緒に買出して戻ろうや」
そう言って俺の背中を押して、人混みを進んで一番最初に見つけたフランクフルト屋で人数分買って、また来た道を戻っていく。
折角先輩と二人きりになれたのに、全然言葉が口から出てこんかった。
ずっと鳴り響いている花火の音。胸にまで響くその音。
俺のこの思いは、先輩の胸には届いてないんやろな・・・。
俺が以前に告白した事もすっかり忘れてたはずや、さっきまで。触れた先輩の手。初めてやった、先輩にあんなふうに触れてもらったの。それやのに・・・貰った言葉が“ごめん”やなんて、ちょっと、いや、結構ショックなんかも俺。
いつもの俺やったら絶対気にもせえへんし、今二人で居れる事のほうが大きかったと思う。
「律?」
「・・・、あ、ちょっと酔ってんのか、も」
きっといつもより口数の少ない俺を不思議に思ってるんやろう。怪訝そうに覗き込んでくる先輩の顔を見て、胸が痛かった。
久々に会えたのに。生の先輩を見てられるのは今だけや。花火終わってもうたらまた会われへん。
半年振りに会えた事も日下部がおったから実現した事。
「あのぉ〜。」
「?」
掛けられた声に反応したのは先輩で。そこには浴衣を着たいいかにもナンパ目当てそうな、チャラい女が二人。
先輩はそんなヤツにひっかからん。
「ウチら、暇しててー良かったら2・2やし一緒に遊びません?」
「あー、ごめんな、俺彼女置いてきてんねん」
「―・・・」
嘘?ほんま?
それって、ナンパ避けのセリフ?それとも、ほんまに・・・?
モテモテの先輩やったら彼女おらんほうが珍しいくらいや。高校時代の先輩の姿が思い浮かんだ。当たり前に隣で笑ってられる彼女の存在。
浴衣の女二人がどうやって去ってたかは覚えてない。気付いたらもう人ごみに紛れる所やった。
苦笑いで先輩は「はよ戻ろう」って。
その先輩の服の裾を掴んだ。頭がくらくらして、夢でも見てるような気分で、思わず。
「まだ、好きなんです」
まだ、今も、ごめんなさい、
行き交う人に肩を弾かれて、先輩は俺の弾かれた方の肩に手を置くと無言で歩く事を促した。
「律、成績また上がったんやってな。頑張ってるみたいやん」
「―・・・先輩が、ゆうてくれたから」
それだけで頑張れた。先輩に対等に見られたいから頑張れる。先輩が、おったから・・・。
「そうか」
静かに、会話を交わす中にさっきの告白の返事は含まれんかった。
また、振ってくれたら良いのに。先輩は気使って今の告白には触れてくれへんのかな。
それだけで拒絶を意味してるんやろうな・・・。無かった事にしたいん?振られたからって、自棄になるわけでもないで、俺は。
そうや、どんな言葉貰ったって今はまだ先輩が好きやし、先輩がくれた言葉のまま、後悔せんように過ごしたいだけや。
その日、先輩と交わした言葉はそれだけやった。先輩も何か考えてるような表情をしてたけど、俺から返事を催促することも出来んかった。
日下部だけは、俺と先輩が帰ってきてからの空気を見て何か感じてたみやいやった。それでも深く突っ込んでこうへん所が日下部らしかったし、ありがたかった。
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