短編 | ナノ
10
◇
・・・・あかん、落ち着かん・・・
半年ぶりやん。
メールは交わしてたけど、顔とか見てないもん、俺変ちゃうかな・・・あ、挨拶も考えとかな・・・
「大丈夫か、七井」
「黒い・・・、わぁ、日下部」
「黒いなんやねん」
「いや、靴下黒い方が良かったかもって」
「どーでもえぇし。ってか誰も靴下なんか気にせんて。緊張してんのか?他にもおるらしいから知らん人ばっかりかもしれんで・・・」
少し早めに出たのに花火大会の会場である河川敷に向かう電車の中はすでに混んでた。一度だけ行ったことのあるその花火大会は帰りの電車の混みぐあいに嫌気がさしてそれから行こうと思わんくなったんや。
・・・彼女とか、おったら別なんやろうけどな。好んでこんなイベントごとに足を運ぶやろうな。
「久志!」
駅を降りて、そこから会場まで続いているであろう的屋をひやかしていたら、日下部を呼ぶ声が聞こえて俺も一緒に振り返った。
横で、日下部が「兄ちゃん」と声をあげて、そんで、日下部の兄ちゃんがこっちに寄って来る。
その後ろには、蒼人先輩の姿が・・・
どくんどくん、とうるさいくらいの心臓、思わずシャツを握り締めてた。
「よう、律もひさしぶりやな、久志から聞いてんで成績めちゃくちゃ上がったんやろ?何があってんー、ってか久志にも勉強教えてやってくれよ、」
日下部の兄ちゃんがそんなこと言ってくるけど、今言わんといて欲しかった。それは俺からこの口で蒼人先輩に報告することやってんて・・・。
ガッカリした表情も出さず、苦笑いでやり過ごして。そしてそっと蒼人先輩を見上げた。
他のツレと何か話してたらしい先輩も、しばらくして俺の視線に気付いたらしく、目が合ったときにふんわりと笑ってくれた。
明るくなった髪色も、垢抜けた服装も高校の時の先輩とは少し違ってたけど
―・・・変わってない
なんも、変わってなんかない。ちゃんと、中身は先輩やって、思うとまた胸が苦しくなった。
やっぱり俺はこれっぽっちも先輩の事忘れてへん
会えんかったら会えんで・・・先輩に対する思いは募っていくばっかりや。
今にも駆け寄りたい衝動と、相手は以前のような同じ学校に通う先輩じゃないって言う事との狭間で揺れ動いてた。
先輩はもう俺の知らん生活をしてる。もしかしたら彼女がおるかもしらんし、俺の事なんて今日見て思い出したくらいかもしらん。
そんな思考を引きずって、合流した俺らは河川敷にと向かった。
後ろから楽しそうに聞こえる先輩の声を、必死に背中で聞き取ろうとしながら。
河川敷をどんどん人気のないほうへ進んでいくから、どうしたんかと思ったら、先に日下部の兄ちゃんのツレが穴場を場所取りしていたらしい。
穴場やねんから場所取りとかいいんちゃうの。どう見たってゆったり座れるだけのスペースはたくさん空いてた。
「おう、遅かったな」
「待たせたな、例のものは持ってきたか?」
そんなやり取りを日下部兄が楽しそうにして、置かれてたクーラーボックスから出てきたのは、酒。
「クーラーボックス担いできたんですか!?」
日下部兄のツレに日下部も面識があるみたいで親しげに話しかけていく。
「もちろんや!俺んちほら、そのマンション」
「えぇ!なら家で花火見たら良いやないですか」
「あほかー、花火は外で見る、酒も外で飲む、焼きそばも外で食う、これ決まりやろ」
「ちゃうって、こいつんちのベランダ、河川敷と逆の方向に向いてるから花火見れんだけや、久志」
笑い合って、それから大きく敷かれたシートの上に皆で川に向かって腰を下ろした。俺は端で、日下部の隣に座って。蒼人先輩は俺とは逆の端っこ。
・・・・会話、出来へんかも。
「何しょんぼりしての。ほら」
こっそりそんな事を日下部に言われて、手渡されたのはチューハイの桃。まだ花火も上がってないのに、先輩たちも、俺も、酒のプルタブを開けてた。
少し外れた所といえども、花火の規模が大きいだけあって相当低い花火意外はちゃんと見えていい場所やった。問題といえば、周りがカップルばかりな事と、露店が遠いって事くらい。
買出しはじゃんけんで決めて。
「あ、フランクフルト俺行ってきますよ。さっきから勝ちっぱなしですから」
そんな事言って、俺はこの場から少し離れたかった。ずっと、ずっと先輩が気になって花火どころちゃうかったから。
たまに聞こえる先輩の声を独り占めしたくて、たまらんかった。
「おぉ、んなら、頼むわ。はい!フランク要る人ー」
手を挙げた人数を数えて、俺はその場から離れた。
大きな音を上げて、散る花火。
上がるたびに、どよめきと歓声が上がる中俺は地面に転がる石を見ながらひたすら河川敷を歩いていく。
フワフワしてんのは、酒かな。
露店の中に紛れれば光が眩しくて、なんか、なんか・・・・会話できへんのやったら帰ってしまいたい。目の前に先輩おるのに、俺には何も話しかけてもらえんくて、会話さえも、無いなんて・・・拷問やん。
けど・・・、出来るわけない、もったいなくて。
「律!」
聞こえた声はずっと頭の中で俺を呼び続ける記憶の中の先輩の声。
まさか。
今日、初めての。そんで・・・半年間聞けんかった声。
prev|back|next
[≪
novel]