短編 | ナノ



03







 それは早めに咲いてしまった桜の枝から、少し緑が見え始めた頃。

 緊張を隠しきれてないのは、俺だけじゃなくって周りの奴等も皆同じで。下ろしたての制服をぎこちなく着こなして、知っている顔を見つけては冷やかして笑い合っとった。
 俺の隣にいる日下部も同じように緊張した面持ちで、そんな顔をからかってやると、やっといつものように俺を馬鹿にしてリラックスしたようやった。

 そんな入学式やった。




「久志」

「あ、兄ちゃん・・・と伊藤さん!」

 目の前に現れたのは日下部の兄貴。とその横に立って、伊藤さんと呼ばれた人はスラリとした長身で・・・日下部の兄貴の友達らしい。
 少し垂れた感じの目が表情を柔らかくさせてた。

 日下部の兄ちゃんはこの高校の3年生。さすがというか、当たり前と言うか、制服を着崩している姿が様になる。仲の良い兄弟の会話を聞いていたらしいその伊藤さんがふっと笑った。

 その時やった。

 まさしく雷に打たれたように、俺の頭ン中で「この人や」って自分が自分に叫んだ。
 


「七井?・・・どうしたん、七井」

 日下部が声も出さず、動きもせん俺を不思議に思ったんか声を掛けてきた。そして同じくして伊藤先輩も俺に視線を送ってくる。

「あ、あ、いや・・・なんでもない」

「変なヤツ。あ、兄ちゃんコイツが七井、よく話しに出てくるヤツな・・・・で、七井、こっちが俺の兄貴でー、そして兄貴の友達の伊藤先輩」

「あ、・・・初めまして」

「うはは、緊張してんなぁ〜久志からよう話し聞いてる、いつも弟がお世話になってますぅ」

 わざとらしく、というよりも面白く頭を下げる日下部兄。そんな姿をほほえましく見ている隣の伊藤先輩。日下部の兄ちゃんを見ながらも俺の意識は伊藤先輩にしか向いてなかった。


「あのっ、良かったらメルアド交換してくださいっ」

「は、はぁ?七井いきなり何言い出してんの」

「いや・・・折角やし。先輩とかと仲良くなる事なさそうやん」

「部活入れば嫌って程あるって、ってかなんで兄貴の・・・」

 なんて、日下部がいらんことを口走った。衝動的、いきなりすぎやってのは自分でも分かってるけど、今この人ときっかけ作っときたいって、思ったんや。お前の兄貴のアドレスはどうでもいいねんて。

「お、おお願いです!」

 そんな俺をまた伊藤先輩は笑いながら見てた。が、すぐにポケットから携帯を取り出して

「ま、アドレスくらい良いんちゃう?」

 そう言ってくれて、俺は見事にアドレス交換を果たした。日下部は自分の兄のアドレスなんて・・・って全くいい顔せんかったけど、お前に不利になるようなこと送ったりせぇへん。




 そして、その日のうちに伊藤先輩にメールをした。メールを打つときも、その返事を待つときも・・・自分ではありえんくらいドキドキしてた。

 メール一つでこんなにも大変やったんは後にも先にもあの時だけやと思う。





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