低空飛行 | ナノ
低空飛行
catfood
野良猫だ。
野良猫を拾ってきた。
と、今更ながらに思ってしまうくらいに俺の記憶の中の白坂とは違ってしまっていた。人気者とまではいわなくとも、明るいヤツ、と俺が勝手に思っていた人物像である「明るさ」は半減だった。
笑えないわけじゃない、喋らないわけじゃない。人に対して異様なまでの警戒心なのかはたまた他人に関心を持たないのか。とにかく何か昔の白坂とは繋がらない。
ま、それはこれから少しずつ解していけば良いと思った。たっぷり時間を掛けて…。消えた時間を取り戻すかのように少しずつ埋めていけばいいと。
それ以外にもう一つ、問題が。
「また?」
「うん、ごめん」
「謝る事は無いけどさ、昨日もそう言って…」
あぁ、見るからにしょんぼりしてしまって。別に攻めてるわけじゃない、少しずつって思ってるわけだから。でも。
「す、捨てるのだけはやめてっ」
必死になって、そういうのちょっとたまらないって思うわけだけど。でも仕方ないじゃないか…。
「でもな、白坂これはもうだめだろ」
切なそうに視線を泳がす白坂を抱きしめたいなんて、行動に移したら殴られたりするだろうか、いや、それも一つのスキンシップだよな。
「ちょ、ちょちょ!なんで抱きつかれてんの俺!」
「もうだめだ。食べかけのトーストを保存なんてするもんじゃない。次ぎ食べる頃にはパサパサになってるし、サラダのレタスは変色する。それくらい残したって良いんだ、俺が食う」
毎朝焼くトーストを白坂は全部食べきれない。辛うじて牛乳とサラダを半分程度は食べるのだけれど。
1日どれほどの食事量だったのかと問えば
「食べれる時に食べるから分からない」
家で料理はしないのかと問えば
「カップ麺か冷凍うどんのストックがある程度だったから…」
うどん一つあればそれなりに満腹にもなるだろう。具だって入れようと思えば残り物なんでも入れれる。白坂の家で残り物の存在があったのかは分からないが。
「うどんはどうやって食べてた?」
「え?普通に湯がいて…醤油かけて。たまに卵落としてた」
まるで四国のうどんかと言いたくなるような食べ方しかしていなかったらしい。小さく溜息を吐けば、おかしいのかとたずねてくる。
「おかしいとかそんなんじゃなくて栄養失調にならなかったことが不思議だよ」
「たまに大野さんが食事連れてってくれたしね。店の巻かないで食べてた物はまともだったから」
「また大野さん」
「色んな店知ってる人だけど、一緒に行こうって言っときながら次店来たら忘れてんだ。びっくりだよ」
「いい店連れて行ってもらえてたならそこそこ食えるだろ」
「そういう時…っていうか殆ど一日一食くらいしか口にしてなかったから朝起き抜けでトーストとか苦手」
白坂が度々口にする“大野”という存在に俺が嫉妬している事にも気付かないならば、毎日白坂の栄養面を考えつつも体重を増やそうと動いている俺に対してその食事が苦手だと言う。
「…じゃぁ、もう一日一食猫マンマでも食ってろよ」
「うん、そうする」
「……」
俺の嫌味なんて全く通用しなくなってしまった白坂相手に、俺は今日も小さな愛を積み重ねていく。
End.
08.09.07
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