低空飛行 | ナノ
低空飛行
17
治安のいいとは言えないこの地域にある公園では親子連れなんてあまり見かけない。錆びた遊具と茂った雑草が目立つばかりだ。
自転車を押して公園内に入ると木陰にあるベンチに腰を下ろした。
お互い無言で時間が過ぎていくばかりで俺は何を言えばいいのか全く分からないでいた。今、隣に居るのが正真正銘米田で、散々思い焦がれていたのに実際会ってみると落ち着いている自分。元気だったかと陽気に聞く気力なんてなくて、今から心の整理をつけようと思っていた矢先にあっけなく打ち砕かれてしまった事の方が今は大きかった。
「なんで…、姿消したんだよ」
細々と出てきた米田の声。米田の家を出る時の米田の笑顔を思い出した。
「ごめ、飯奢るっつたのに…」
「そんな事じゃねぇよ、馬鹿。…なんで消えたんだ。またなって言ったのにどれだけ待ってもお前…」
「……」
あの時全てが嘘だった。米田から離れなくては、米田の前から消えなくてはと思ったから、嘘ばかりを口にした。
「お前の告白俺は受け止めただろ」
「―――、」
謝っても謝りきれない。その気もない米田を引き込んだ上に、俺は嘘をついて米田から逃げたんだ。
「ごめん…」
「ちゃんと、納得できる理由を言ってくれよ」
今にも泣きそうな声を出すのは米田だった。でもあの時の理由を述べるわけにはいかないと思うんだ、だって米田の日常をめちゃくちゃにしたのは俺だから。
「…、…あの後、勤め先もダメになって、ちょっと身辺が忙しくなってさ」
今の磨り減った思考回路じゃ米田の納得のいく嘘なんてつけそうにもなかった。これじゃますます米田を怒らせるだけなんじゃじゃないのか?…いつも肝心な所で空回りばかりを繰り返す。俺は。
「そんな事で俺の事忘れれるのか?その程度だったのか、白坂っ」
忘れた事なんて一度もない。
その程度なんかじゃなくて俺を占めてるのは今も昔も米田だけなのに。―…俺には何も無くて、楽しみだって何もなくて、米田との思い出だけを繰り返し考えて過ごしてきたのに。
俺はそんな数えるほどの記憶しか、もってない。
そしてそれが今の俺の全て。
「白坂、…なんで泣く?」
力の篭った米田の手が肩に置かれる。熱く感じる米田の掌にとめどなく涙が溢れた。
言い訳を見つけることが出来ない。
上手い嘘を思いつかない。
米田に納得してもらえる言葉が出てこない。
静かに首を横に振っても、米田の手は俺の肩から離れなかった。かといってその手を払いのける事も出来ないくらいに俺心が人を求めていて。
「――この前、駅前で白坂見かけて、ここ二日ずっとお前探してた」
「…米田、…気付か、なかったのに…」
「―…すれ違ってから、気付いたって言ったら殴られるか?だってお前この伸びた髪とか…」
襟足の髪を一束掴み、やっと合った俺の視線に柔らかく微笑みを返してくれて、また目頭が熱くなる。でもそれを湧きあがる嬉しさと共にぎゅっと噛み締めるように堪えた。
「何で俺を探したの…」
小さく深呼吸して、駅前で出会った時を思い出す。あの横の女性が彼女なのか、友達なのか俺にはわからない。でも制服を着た米田の手を思い出した。女の背中に回された手。俺は邪魔でしかない存在だった、そんな探してもらえるような人間ではないのに。
「会いたかったんだ、会って話がしたかった。どうしても」
「駅前で見かけたからって、闇雲に探して見つかる可能性なんて低い…」
「でも見つけた、俺はお前を見つけたんだ」
「馬鹿だな…」
「白坂のほうが馬鹿だな、ってずっと思ってたんだけど」
「酷い、でも当たってるよ。ほんと俺馬鹿っ…」
生きていくの、下手くそなんだろうなって思ってた。運を味方につけることも出来なくて、まんまと実の父親に騙されて。
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