低空飛行 | ナノ
低空飛行
16
何もなくなった俺の頭が思ったのは一瞬でもあの時想像した死に方はしたくないと言う事だった。
薄暗い部屋で、一人で死んで誰にも見つけてもらえないということ。死んでもいい、でもこの部屋だけは嫌だった。矛盾している思考が行き着くのは結局死にたくはないのだと言うことは見え見えなのにその思考には蓋をして。だって、俺には何も無い。
糧だと思って言い聞かせていた米田だって、本当のところ好きなのかさえ分からない。本当に今でも好きなのか、ただ自分が生きていたいから糧だと理由付けたのか。でももうそんな理由も効かなくなった。
全て、あの時からやり直せばいい。米田を思い過ごして、最後は死までも考えたあの河川敷から。そして俺はあの頃に戻り米田を思いながらも告白をせず死を迎えるんだ。
そうすればきっと、今よりも幸せだろうから。
轟々と唸る飛行機の音は相変わらず俺の聴覚を刺激する。昼間の眩しい日差しとあいまって視界が揺れるようだった。
自転車に乗って昔懐かしい街に足を向けようとする。河川敷で時間を潰して…それからの事とはまたその時考えようと思っていた。あの頃の自分の思考とリンクさせる事ができるだろうと、それを望んで。
耳を劈く音が薄まると、次ぎに耳を突くのはまだ始まったばかりの夏の音・・・セミの鳴く声。それを聞いた途端に汗が噴出すようだった。地面からの照り返しを感じて日差しの強さを知る。
街で米田を見かけたときはこれほどまでに強くなかったのに。今日は何曜日かな、と本心でもなく考えた。
自分が育った街はとても近くて、離れられなかった理由を今は考えるのも嫌だった。ただ近づかないようにとしていただけでいつもの道を逆に進むだけできっと30分も掛からずしてつくだろう。
日頃見ている大通りは日中はやたらと混んでいて、ごみごみと薄暗い排気ガスで充満している。トラックから吐き出されていく黒いガスを、信号が変わるのを待ちながら見ていた。
―・・・夜は、綺麗なのに、
「白坂っ、」
自分の名を呼ぶ声に反応がワンテンポ遅れる。自分を白坂と呼ぶ人間は今居ないから久々に聞くそれが自分の事だと気付くのに時間が掛かった。
まだ自分は現実の世界には戻ってこれて居なかったらしい、どこからが非現実の世界なんだろうかと霞んだ思考でそこまで考えて、近づいてくる米田の姿に前髪を掻き上げた。
「やっと、見つけた」
「米田…」
汗を流しながら、自転車を押して傍までやってくる米田に何を見つけたのかと問う声は出なかった。非現実の世界で、・・・だからこそ緊張する。
非現実の世界でもダメ出しされたら、俺は本当に生きていけない。
「…久しぶり、…顔貸してくれないか。どっかゆっくり喋れる所…ないかな」
たっぷり時間を取って口を開いた米田。その視線が絡まりそうになるのを、そっと外した。
どこか怒ったような米田の喋りを聞き取りながら、視線を米田の背後にある公園に向けた。アパートの目の前にあって、いつも俺が時間を潰している公園。
「…いい?」
公園を差して俺に問いかけてくる米田。懐かしい声は少しずつ俺を現実に引き上げていくようだった。
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