低空飛行 | ナノ
低空飛行
07
店は0時前にピークを迎えた。
客が引けばまた次ぎの客を迎え入れる。このあたりはBarやスナックが多く、たまにスナックが混んでいるのか雰囲気の違う客が入ってきたりもするが、接客に大差は無かった。
「ジュン、これ」
富田さんが差し出したカクテルをテーブルに運ぶ。話に夢中な客は俺の存在を空気のように扱い、テーブルに置いたカクテルを一瞥しただけだった。そんなのを俺も気にしたことも無かったし当たり前のこと、忙しなく動く俺も出来るだけ客の邪魔にはならないようにとだけ気を使う。
そんな仕事に慣れてしまい、逆に客の視線を受ける事には慣れていなかった…今日のように。
まとわりつくような、全身を舐めるような、視線。
その視線を向ける人は中年の男性。少しくたびれた服装はしていたが、髭を生やし良いガタイをしていた。そんな男性に俺は見覚えはなくて、目が合ったところで相手も特に何か話をしてくるわけでもなかった。
―…居心地が悪い
溜息をつき、早くその客が去ることばかりを考えていた。
「ジュン、どうした?」
「いえ別に」
「コレ持ってってくれるか」
渡されたナッツの盛り合わせを受け取ると、指示された――先ほどから俺に視線を送るその男性の席、に運んだ。
俺がそのテーブルに着く直前、扉が開く音がして、視線を送った。
「いらっしゃ…あ、大野さんか」
「なんだよ純ちゃんもてなしてくれよー。あぁ、水割りお願いね」
くすくす笑う俺にいつもの水割りを注文すると、一番奥のカウンターに席を取り、荷物を置いた。店を開けて混んでいる時はそこが大野さんの特等席だった。
テーブルにナッツを置いて会釈すると同時に、腕をつかまれ、大野さんの登場ですっかり気の抜けた俺に緊張が走った。
「…純?」
「え?」
先ほどから視線を送るその男性が、俺の名を呼んだ。
いや、店ではずっと呼ばれていたし、たった今大野さんに呼ばれた名前を口にしただけかもしれない。先ほどからの視線といい、たちの悪い人間なんじゃないか、と神経が敏感になるのが分かる。
「―…見覚え、ないか」
その問いかけは、自分に対して言った事なのか俺に自分の事を問いかけたのか…曖昧なトーンだった。
「見覚え…ないです、手を離してもらえますか?」
「左の二の腕に、痣は」
ヒクリ、と喉が引きつった。誰も知らないであろう、二の腕の内側にある痣、何故この男性がその存在を知っているのだろうか。
そんな俺の反応を見て、客が目を細めて俺を見た。
「あるんだな?」
「だったら、なんなんですか、あなたは誰ですか。さっきから人の事見てますけど…」
「父親の顔、忘れたか」
眩暈が、した。
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