低空飛行 | ナノ
低空飛行
06
死にたいと思っていたくせに
一人でひっそり、誰にも見つからずと
望んでいたくせに
死ぬのが怖いと思ってるんじゃなくって、一人で死んでいくことが怖い。
やっぱり知らなければ良かった、聞かなければ良かった。あの時最後に思いを伝えようなんて、思わなければ良かったんだ。
あの温もりを幸せを知ってしまったから、怖い。
何も知ら無い方が良かった。知ってしまってその分俺は弱くなった。
涙だって、そうだ。
◇
「…ちゃん、純ちゃん、」
「なんですか、最近無駄に俺の名前呼びますね」
「ん、ううん、そうかな。いや、特になんでもないんだけどさ〜呼びたいって言うか純ちゃん最近ぼーっとしてるからさぁ」
大野さんは最近やたら絡んでくる。だからといって返事をすればなんでもない、の一言だ。
「悪いジュン、氷買ってきてくれないか」
「足りませんか」
「あぁ、ギリギリって所だな。一応買ってきといてくれ」
まだ準備中のBarでのやり取り、大野さんは相変わらずただ座っているだけで、富田さんは冷蔵庫から顔を覗かしていた。
富田さんから氷代を受け取ると、裏口から外に出る。まだ日の残る時間帯でも路地裏はすでに暗く、空気はまとわり付く感じがした。
―――…
純が出る事で閉じられたその扉を見つめて、富田は息を吐いた。
「な、何かあった?」
振り返ると、いつもの弛んだ表情を少しだけ強張らせて問いかける大野の姿。
「気付いてたか」
「一時のものかと思って気にしてなかったんだけどさ。もう二ヶ月くらいになる?」
「あぁ、二ヶ月前に隣人が死んだらしい、が…」
来てすぐに出された水は、無駄話に比例するようにすっかりと温くなっていた。それを口に含んで考える大野。
「その隣人は純ちゃんと仲良しだったとか、なのか?」
「いや、面識無かったみたいだ」
二ヶ月前から、純の様子がおかしかった。たまたま気分が落ちているというには一日や二日で元に戻る様子が見受けられず、その時問いかけると純は隣人が自殺した事を告げた。
身近で起こる事件としてはショックな事に変わりはない、にしてもだ。引きずるには長すぎる。純には家を変えることも提案したが断られた。
「思いつめて、変な事考えなければ良いが…」
「ったく、本当にそういった少年ばかり拾ってくるのな」
「拾ってるんじゃない、寄ってくるんだ。純だって裏でうずくまったまま死なれちゃ困ると思っただけだ」
あの時の純は絶望だとかそういったものを抱えているわけじゃなかった。ただ、行き場がなく途方にくれていただけだった。店で働くかと聞いたときも、家を紹介した時も心から喜んでいた。
あの時でさえ感じなかった不穏な空気が今の純にあった。
大野が何かと純に声を掛けるのはそんな所からだとも分かっていたし、純も大野と話をしている時は空気も少し軽くなる。
こんな時に、傍に居てやれる人間が居れば、と…
「純も一人じゃない・・・俺や大野が居る。苦しくなればもっと何かサインが出るかもしれない」
俺も大野も、彼にとってそこまでの相手にはなれない。下手なお節介は相手を苦しませる要因になりかねないからこんな時にもどかしくも傍観する立場を選ぶ。
「やっぱり今度引きずってでもデートに誘う事にするよ」
それでも、場所を提供する事は出来る。出来る範囲で、邪魔にならない程度にと。
純に誘いの言葉をかけている大野を想像して、いつもそれをあしらっている純の姿を思い出して、思わず噴出した。
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