低空飛行 | ナノ



低空飛行
05





「ぼん?」

「伍郎さん、隣人は幸せかもしれないよ、今。明日の恐怖がもう訪れないんだから」

 甘みの少ないコーヒーを喉に流し込んだ。


「ぼん、それでも簡単に命は落としちゃいかん」

 そう言うのなら、簡単に命を作らないでくれと、俺は両親に訴えたい。

「…命があるという事は、試練を与えられているようなもんだ。それを乗り越えていく事が生きる事だ」

「俺、スタートからつまずいてんだけど」

「それでもぼんは幸せを知ってるんだろう?それとも何も知らんか?」

 知ってる、幸せを俺は知ってる。だから今、生きているんだ。







「ぼん、部屋に居れないようならワシんとこに居ればいいぞ」

「祟られる訳でもあるまいし、俺そういうのは大丈夫な方だから」

 そう言って伍郎さんの部屋を後にした。日中のバイトは事情聴取で行けなくなり、結局今日は自分の部屋で残りの時間を過ごすしかない。慌しく過ぎた一日はあっという間に日が暮れていった。

 伍郎さんの部屋から、自分の部屋に向かうところで隣の部屋の扉を見た。昨日と変わらずへこんだままの扉。

 どれだけ、辛かったのだろう

 自分の中にあったのは辛さじゃなかった。ただ生きている事に意味を感じる事が出来なかった。あのまま伯父さんの家で過ごしていても、ずっと、ずっと付きまとう事。今でさえ時折、…疲れる。

 そっと触れた唇は、相変わらずカサカサで。

 部屋に戻っても何もせずカーテンのない窓から見える空を寝転がって眺めていた。また轟音を響かせて飛行機が飛ぶ。響く部屋に目を瞑った。


 隣人は、首を吊って、

 たった一人で逝った。



 遺書を、遺言を、残すことなく。


 彼を悲しむ人間は―…





「――っ!」


 自分だ。自分にも、居ない。


 ドクドクと脈打つ心臓が伝えるのは、焦り…。


 きっと隣人は幸せだろう。死んで1日で見つけてもらう事ができたんだ。そして俺は死んだ所で見つけてもらえない。伍郎さんは外で会うばかりだし、扉の向こうから声を掛けてくれることはしてもその扉を開けてはくれないだろう、富田さんだって少し姿をくらましたくらいで家まで来てくれるなんて…思えない。

 自分は、独りで死んでいくしかない

 真っ暗な暗闇で、独り、静かに


 自分の手で顔を覆った。飛行機さえ通らなければ静か過ぎるこのアパートは数えるほどしか居ないここの住人の生活音さえ、聞こえない。

 真っ暗な闇で聞こえるのは自分の吐息。

 寂しさよりも、恐怖。
 誰にも見つけてもらえない、恐怖。






prevbacknext




[≪novel]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -