鹿本くんと住田くん | ナノ



鹿本くんと住田くん
愛があるとは





「あ、住田これ…」

がっちゃんが差し出したのは茶色いチェックの紙袋。
渡されるまま中を覗くとピンクと黒の包装に白とピンクの紐でリボンがついている。

「なにこれ、チョコ?」

そう、今日は一部の女子が落ち着かない感じで過ごしているバレンタインだ。
俺には全く無縁の日だけど。

「香奈が住田君に〜ってな」
「なんだよ香奈ちゃんかよ」
「なんだよってなんだよ。仮にもチョコレートだぞ?」
「う、うん。友達の彼女でもうれしいわ。ありがとう」

「がっちゃんは?」
「え、もちろん貰うけど」

そりゃそうだ。がっちゃんにはきっと手作りのチョコケーキとかなんだろうなぁ。
まぁそんなに甘いものが好きではないけど、この時期だけはなんだかどうにもいたたまれない。

「バレンタインなんて休日のどこかでやってほしいもんだよ。こんな平日に…俺からしたら何も楽しいことないし」
「なんで、今年はそれ、一つもらったからいいじゃねぇか」

チョコなんて!
チョコが欲しいわけじゃない!
か、彼女が…

いや、彼女が欲しいって…今はそれどころじゃないけどさぁ。
鹿本に振り回されてもう正直彼女できてもめんどくさいかなぁなんて思っちゃうくらいには今の生活に不満はないのだけど。

「はぁ」
「なんだよその溜息。せっかく香奈がくれたんだぜぇ?ありがたく胃袋に収めるんだ!」

俺は紙袋から中の箱を取り出すと、自分の胸のポケットに仕舞い込んだ。

「ちょっと食ってくるわ。がっちゃん、さみしい俺にコーヒーおごって?」

手のひらをがっちゃんに差し出して、クネッっと首をかしげてみる。
これくらい幸せのおすそ分けしてもらったって罰なんて当たらないはずだっ。

舌打ちとともに手のひらに乗せられた小銭を握りしめて自販機に向かった。
おかしいなぁ、俺だって幼稚園の頃は普通にチョコが貰えたものなんだけど…あれがモテ期だったのかもしれない。
いや、あれこそ義理か…。




自販機から缶コーヒーを取り出したところでぐっと肘をつかまれて、思わず手にしてた缶コーヒーが手から転がり落ちた。

「うぁ、何すっ……」

一瞬だけ視線を交わした鹿本は俺の落とした缶コーヒーを拾うと無言で俺を引きずりだした。

「ちょ、なんだよ、どこ行く…」
「ちょっとな」

あまり利用のない階段を使って上がる時点でこれは屋上だな、と思ったから俺は自分の足で鹿本に並ぶように歩き出した。
鹿本は俺から手を放して、終始無言で歩いている。

このところの寒さで屋上を利用する奴はめっきり減っていた。そんな俺もすごく久々で。重たい扉を開けると身震いするような冷たい風が一瞬吹き込んで、そのあとはじわっと暖かい日差しを感じる。

「うわぁ、暖かいけどやっぱさみっ」

身を震わせた俺を横目に、いつもの定位置といわれる場所に鹿本が向かって、腰を下ろした。
夏は日陰。こんな時は風よけにもなる場所。
俺は少し離れて日が当たる場所に腰を下ろすと、ちょうど鹿本と向き合う形になった。

「なんだよ、鹿本」
「これ食え」

目の前に投げ出されたのは鹿本のカバンだ。
投げ出された衝撃で中身が飛び出した色鮮やかな包みの数々。

「チョコじゃん」
「ん」
「鹿本が食えよ。せっかく貰ったんだし」

飛び出した中身を一つずつカバンに入れる。
想像してたよりも少ないチョコレートの数だったけど、俺には到底貰えそうにない量で。
詰め込んだカバンを鹿本に返し、代わりに缶コーヒーを奪い返した。

「こっちは俺が貰う。交換」

そう言って俺の懐から、がっちゃんから受け取ったばかりの箱を素早く取り上げられた。

「ちょ…、なにして――」
「俺チョコそんな得意じゃねぇんだよ。だから助けろ」
「じゃぁ俺のじゃなくて自分が貰ったやつ食えよっ!」

そう言い切らない間にさらりとリボンを解き、開封してしまう鹿本。
中に入ってたのはトリュフが三つ。いかにも義理、なチョコレートだ。

「じゃぁ、」

鹿本はその一つを取り出すと、俺の口に突っ込んだ。
また一つは自分の口に放り込む。全く意味が分からない。

「うまっ」

トロッととろけだす中身に俺は感動。
がっちゃんの彼女の香奈ちゃんありがとう、って心から感謝しながら缶コーヒーのプルを開けた。

が、すぐさま鹿本にその缶コーヒーを取り上げるもんだから、いい加減俺だって言いたい。
さっきからなんなんだ、と。

「――――!」

まさしく、甘いキス。
不意を突かれて奪われた唇に、鹿本の舌が差し込まれる。
イチゴの風味が漂って、鹿本が食べたのはイチゴチョコだったのか、なんて一瞬よぎった。

「だぁっっっ!」

はねのけたつもりの鹿本の胸は、たいして距離をとれてなくて。
俺は頭を下げて鹿本から顔をそらした。

「俺のこのチョコ達、消費してくれよ。マジ困ってんの」
「ばっかじゃねぇの」
「ヤダっていうなら今みたいに俺が無理やり食わせる」

甘ったるいイチゴの味が漂う口内に、思わず顔に熱が集まる。
それを知ってか、鹿本の親指が俺のほほを撫でていく。
冬のせいか指先は少し荒れていた。

送った子の気持ちを考えながら一つずつ、丁寧に包装を解いていく。
少しでも鹿本には口にしてやれ、というのに。鹿本は一つ食べたら満足、一つかじっては俺の口に放り込む、を繰り返した。
生チョコに関しては、そのつど唇を合わせようとしてくるんだから、たまったもんじゃなかった。
俺の唇をチョコで汚しては「キタネェ」とか「子供かよ」ってなじるし。
鹿本に送られたチョコを関係ない俺が食べるだけでも心苦しいのに。

「もうギブ!鼻血でそう…残りは鹿本持って帰れって」
「じゃぁ明日食いに来い」
「えぇぇぇぇぇぇ」
「嫌そうだな」
「嫌だよ!」

おかしいな、ってな感じで首をかしげる鹿本を、もう俺は信じられない思いで見ていた。
そもそも俺に食わせようってのがおかしな話だろう。

「なんで俺に食わせるの」
「バレンタインだから」
「はぁっ!?」

もう全くわからない。
鹿本には時折こうやって不可解な行動が伴うことがある。

「わからん。なんなんだよ、変な鹿本…」
「――俺には住田が解らない。女の方がまだ解りやすいのかもな」
「はぁ?」

一瞬、胸にグレーの雲がかかる感じがした。
それは今にも降り出しそうな雪雲のような。けど、重たすぎない霞んだもので。
甘ったるい口を、その胸の霞を、取り除くように冷めたコーヒーを流し込んだ。

「まぁ、住田だよな」

そんなとこが、って言われたような。
一瞬鹿本が微笑んだような気もしたがすぐに顔は空に向けられた。

「もうこんな事こりごりだからな。次のバレンタインは鹿本が自分でちゃんと処理しろよな」

「――…あぁ」

鹿本が微笑んだ。
微笑んで俺を見たから、思わず俺は身動きが取れなくなって――。

「“来年”は、な。とりあえずここにある今年の分は明日食いに来いよ」
「え?」

俺はおかしなこと言っただろうか。
いつ鼻血がでてもおかしくないぞ、とすすった鼻がすごく冷えていて、俺は早々と鹿本にチョコをしまわせると屋上を後にした。

明日は缶コーヒーを数本買い込んでいかないとな、って考えながら。




END

2012.02.14

言葉に愛があるとは思いもしないで





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