鹿本くんと住田くん | ナノ



鹿本くんと住田くん
聖なるよるに


鹿住完結前のお話





12月24日。
時刻は9時半を回ったところ。
街中がきらびやかな電飾に包まれていた。
陽気なクリスマスソングに鈴の音、小さい頃から聞き慣れたそれらに反応するようにワクワクする。

大して特別な予定があるわけでもないのに。

目の前を歩く初々しい中学生カップルが羨ましい、なんて思ってる。
いや、女が全てじゃない!女なんて金のかかる生き物なんだろう!?知らないけどっ。
聞こえてくるクリスマスソングがひときわ大きく感じて、じわじわと腹立たしいような気持ちになる。チキンをむさぼり食ってやる、と心に決めた。

アーケードの無い古い商店街。9時を回り、少しずつ店が閉められていく。クリスマスだからって通常より長い営業時間だったのだろう。
どこかの潰れていく商店をテレビで見たことがあるけど、ここの商店街は比較的活気づいている。
魚屋なんて、店先の売り物の魚が小さいサンタの帽子を被っていたくらいだ。
この商店街の終わりには少し寂れた店が並んで、金物屋の角を曲がり少し行くと鹿本の住んでる(昔叔父さんが店舗を構えてたという)家だ。

バイトの帰り道はいつもこの道だった。最近はわざと通らず帰ったりすることもあったのに、今日は母親にチキンを頼まれ肉屋に足をはこんだのだ。
頼まれたのは、なぜか俺の分のチキンだけ。
大量に買ったチキンを友人と分けた所、俺の分まで譲ってしまったらしく………何が悲しくて自分のチキンを自ら買わなくちゃならないんだ。しかも、もうすでに両親はワインを飲みすぎたとかで布団に入るらしい。
これはやけ食いしかないだろ。

さみしいクリスマス、なんて考えない。
小さい頃こそプレゼントを買ってもらったりと一大イベントだったけど、今はもう家族がイベントで集まることも少ない。正月くらいか。

クリスマスの特番でも見ながら、チキンを一人食う。それが俺のクリスマス。

あぁ、がっちゃんは今頃彼女と………

頭を振って思考を消し去った。
さっさと家に帰ろう。

角を曲がると、視界に入る鹿本の家。
叔父さんがどんな店をしていたのかは聞いたことがない。
取り除かれた看板、錆びたシャッター、この小さな店先で雨宿りしたのは一年に満たない間の事。なのにものすごく色々な事があって、俺と鹿本の距離は急速に近づいた。
そこに鹿本の心が伴っているのかはわからない。
俺は確実に――――。

はぁ。
と吐き出した息はさほど白くない。暖冬ではクリスマスの雰囲気も半減だ。

コツコツコツ、と聞こえる足音。それは知っている足音で、そう、階段を降りる音。
鹿本が住んでいるのは店舗の二階で、店の横に階段がある。
自分も幾度となくその階段を登り降りした。

頭を上げるな。
見るな。
早く、この建物を通りすぎるんだ。

不自然なくらい、視線が地面を追っていたかもしれない。
けど、自分は後ろから聞こえる足音に全ての神経を持っていかれていた。

視線を、意識を感じるのに一向に声を掛けられない。
自分も振り向かない。
そのまま数百メートルを歩き続けた。商店街の光りも音も届かなくなると、静かに澄んだ夜に二つの足音だけが響いた。

夜に浮かぶ赤く光る信号を前に、足を止める。すぐ隣に並んだ足元に視線を送ると、自分の知っている…予想通りの靴先が見えた。

なんで何も声を掛けない?
いや、自分も振り向きもせず、声も掛けず、今でさえ視線は斜め下を向いたままだ。
なんなんだ、この変な空気。
よぉっ、って声掛けたら済むところを、タイミングを逃してこんなことになって……。

「渡らねぇの」
「うわぁ!な、なに」

突然の声に体が過剰に跳ねた。

「渡らねぇのかって。信号変わったけど?」
「か、鹿本こそ先渡れば良いじゃないか……」

鹿本は間を置くように煙草を口にした。
白い煙が吐き出される。
どうやら言葉を返す気は無いらしい、おれは勢いをつけて一歩白い横断歩道に足を乗せた。

くいっと後ろに引っ張られ、その勢いにバランスを崩して危うく地面に倒れこむところだった。

「何す…!」
「もう赤だ」

視線をあげると、車道用の信号が黄色く光っている。なんだ黄色じゃないか、と思ったところで赤に変わった。

今のは、今のタイミングなら渡れただろうに!

「…………」

訴える視線を鹿本に向けても、先ほどと変わらずの佇まいだ。
視線が俺に降りて、目が合う。
それはすぐに俺の手元の袋にまで降りた。

「く、クリスマスだし…?」
「一人分のチキンで?」
「これには色々事情があるんだよっ!」

鹿本に鼻で笑われた。
くそっ、いらない恥までかいたじゃないか。

目の前を通る車を見つめ、信号が次ぎまた変わるのを待っていた。
反対の信号が黄色に変わったところで、もう一歩目の足を出す準備をした。

「じゃぁな、鹿も…いっっ」

乱暴に髪を引っ張られる痛みは一瞬だった。
鹿本に唇を塞がれたのも一瞬だった。

残ったのは、煙草の香り。

「―――っ、何、すんだよっ!」
「クリスマスだから」
「クリスマスだけどっ!何してんだよっ」
「クリスマスだから良いだろ。ほら、早く渡らねぇとまたすんぞ」

さっき痛いくらいに髪を掴んだ手は、俺の背中を優しく押して横断歩道へと促した。

「〜〜〜っ、分けわかんねぇ…」

あともう少しで渡りきる所で、そういえば鹿本も信号渡るんじゃないか、と振り向くと同時に『パパーン』とよく響く深いホーンが鳴った。

横断歩道に立つ俺と、歩道に立ち止まったままの鹿本の間に右折車が止まる。

「メリークリスマス!行くぜぇ」

車の中から鹿本に掛かる声、車内に数名乗ってるのだろう馬鹿笑いが聞こえた。

「おせぇんだよ」

その車の助手席の扉を開けた鹿本は一度だけ…俺を見た。

鹿本を乗せるとその車は大きくマフラー音を響かせて去っていく。
その車が去ればまた静かな闇が広がった。
歩行者用の信号が点滅する光を受けて、俺は足を動かした。

はぁ、と吐き出した息はやっぱり薄い白だ。
中途半端な寒さは自分の気持ちも中途半端にさせた。
雪が降るくらい寒かったなら、今の気持ちももう少し違ったかもしれない。
もう少し鹿本の姿を捉えようとしたかもしれない。

足を動かして家へと向かった。
頭の中をチキンとテレビの特番の事で埋めながら。

チキンはもう冷えてしまっているから温めなくちゃ。

「めんどくさ…」

きゅっと下唇を噛んで、チキンの入った袋を握りなおした。




END



2010.12.24 




prevbacknext




[≪novel]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -