鹿本くんと住田くん | ナノ



鹿本くんと住田くん
03






「っ、はっ」

階段を駆け上がることなんて中学の部活での雨の日の室内練習以来だ。
しんどくて、足も痛くて。けど、立ち止まると今の感情が全部無くなってしまいそうで、早く鹿本の姿を見たかった。
止まってしまうと、きっと昨日と変わらないで、クラスの中の人間になってしまう。
勝手なウワサを立てて、好奇の目で鹿本を見てしまう、ただのクラスメイトに。

最後の一段を登りきった時には膝がガクガクだった。

屋上の扉を開いて、辺りを見回した。
鹿本らしい姿は見つけられなくて、扉が閉まるのを後ろに、屋上のタンクの陰なんかをくまなく探す。
最後にちょうど出入り口の建物の裏に足を運ぶと、寝そべった鹿本の姿を見つけた。

ジャリっと砂を踏む自分の足音と吹き続けている柔らかい風の音しかなかった。

「……鹿本」

鹿本のすぐ傍にしゃがみこむと、自分の影が鹿本に掛かる。
囁くように名前を呼べば、浅い眠りだったのだろう、瞼が震えてゆっくりと開き、泳いだ視線はすぐに俺を捕らえた。

体を起こすと、白いシャツの胸ポケから煙草を一本取り出した。誰かから貰ったのか、裸で数本だけ入っているようだった。

「ブレザーの胸ポケって何気に便利だな」
「え、あ、あぁ…そうだな。ちょっと大きめだし…。ってか、腕、吊ってなくていいのか」
「邪魔くせぇ」

ライターの火を近づけて、煙草の先が赤く熱される。鹿本が一呼吸吸い込むのを見ながら、俺もそっと深呼吸した。

「でも…ちゃんと吊ってないと治り悪いんじゃないか?」

ぱっと鹿本の手が口元から離される。煙はその動きに追いつかず、ゆったりと静かに漂った。

「で、何の用だ」

煙を吐き出しながら、面倒くさそうに問いかけてきた。

用なんてものは無かった。けど、どうしても鹿本と面を向かって会話がしたかったのは確かだった。だから、今の瞬間で終わったのだけど。
だけど、あのツレの話を聞いてしまって、どうしても確認したかった。
なんと聞けば良いだろう。

「あのさ…かず、し?だっけ。あの男居ただろ、耳フェチの…」

鹿本の眉間に皺がよった。
機嫌が悪くなったのは間違いじゃないだろう。ってことは、もしかしたら俺の考えは合ってるのかも知れない。

「あのもう一人の……っ、」

あれ、頭の中では次の言葉が出来てるのに。簡単に口に出てこなくてビックリした。
喉の奥がぎゅっと絞られるようだった。

「あの、男、俺に突っ込んだ…白に近い…金髪頭の、」

声が震えたのは気のせいじゃないだろう。
なんともないと思っていた事なのに、口にすることであの男を思い出そうとすると緊張する。恐怖なのか、まさか。

いや、俺は怖くなんて無かっただろう――。

大きく一つ呼吸した。
その時の鹿本の表情は全く見えてなかった。
目は合ってたはずなのに。

「そいつと喧嘩、したの」

鹿本がコンクリートで煙草をもみ消した。
この話はまずかったのだろうか。もしかして今凄く機嫌が悪くて、俺が殴られたらどうしようか、なんて頭の隅では考えてたけど、口はなんだか勝手に動く。

「なんか、そいつの女と…鹿本寝ちゃったんだって?そんで、俺にまで災難降りかかって、その後、お前はそいつと殴り合って腕折ったのか?」

一気に喋って呼吸が上手く出来なくて、苦しさに言葉を切った。
そして、ゆっくり空気をすいこんだ。

「そんなに良い女だったの」

あぁ、どうしよう。俺、今すごく変だ。
鹿本に見られたくないな、と思いながらも、もう良いやって気持ちが勝った。


「馬鹿じゃねぇのか」


鹿本の声は凄く透き通っていた。
面倒くさい感じでも無く、すごく刺さるように響く声。





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