鹿本くんと住田くん | ナノ
鹿本くんと住田くん
03
ポケットにしまいこんだ携帯からまた着信音が聞こえてくる。
それはさっきのとは違う音で、電話の着信を知らせるものだった。
がっちゃんだろうか、家のものだろうか、と思って開いた携帯に一瞬固まったが、鹿本の手前不自然な動きはタブーのような気がして、あくまでも“待ってました”的な態度でボタンを押した。
「もしもし・・・」
『あ、あのっ、ごめんなさい電話して・・・迷惑だった?』
この間の合コンの時とは違って少し緊張したような彼女の声を聞いて、こんな声だったっけ?なんて酷い事さえ考えた。
「ううん、いいよ。暇だったし。」
鹿本が聞いているから変なことは言えない。
気を抜けばボロが出そうで、変な緊張感が隣り合わせだ。
『雨、なかなか止みそうにないな、って思って。あの、良かったら・・・今から学校・・・行ってもいい?』
「え?」
『学校帰りに、少し・・・話もしたいしって。私傘持ってるし良かったら・・・』
「あ、あぁそう。」
こっちの学校まで来てもらうには変に遠い気がする。
「でも・・・遠いだろ?いいよ、もうじきに止みそうだし―・・・」
『あ・・・うん。あの、今度・・・』
「ふんっ!」
ぐいっと回された首の痛みを感じつつも、目の前に広がる鹿本の顔と、鹿本の香りに思考が麻痺した。
ちゅぅ、なんて酷く音を出したその唇。
何が起こっているのかさえわからず、バランスを崩して後ろに倒れそうになっている俺は慌てて近くの机に手を乗せた。
体重が掛かりガタリと大きな音を出す机や椅子。
そしてその音に俺と鹿本の唇が出す水音が紛れていた。
あ、やばい。携帯。
耳から少し離れた所にあるその携帯はきっと、机の音よりも近くの水音を拾ったに違いない。
ヤバイ、ヤバイ、と動揺しだした頃、その携帯は鹿本によって簡単に取り上げられた。
体を起こして慌てて見上げると鹿本の手には俺の携帯。
バランスを崩したままだった俺はドンと床にしりもちを付いていて、鹿本をただただ見上げるだけだった。
「鹿・・・」
携帯の向こうで、俺の名前を呼ぶ女の子の声がかすかに聞こえた。
その瞬間、ニヤリと笑った鹿本が振りかぶり、俺の携帯を窓の外に放り投げ…た。
「なっ・・・!!」
絶句。
しばらくして、携帯が校舎にぶつかったのか、下のコンクリに打ち付けられたのだろうか、小さな音が遠くで聞こえた。
「な、何してんだよっ!俺の携帯・・・・」
倒れた体勢から慌てて立ち上がり、携帯が飛んでいった窓に飛びつこうと体を起こした所をまた鹿本に押さえ込まれた。
勢いよく押さえ込まれて、次はゴツンと頭を床にぶつけた。
「ってぇ・・・!」
「来週の土曜、空けとけよ。合コン、誘ってやるから。酸いも甘いも知り尽くしてるオネー様、あてがってやるからさ。チェリー君にはリードしてもらう方が身の為だって」
静かに響く鹿本の声。
鹿本の体重が腕に掛かって痛かった。
いや、体重じゃ無くて・・・込められた力といった方が良いかも。
「いらねーよっ!つうか、痛い、腕痛いって!」
身をよじる俺の体はピクリとも動かなくて、鹿本の髪を頬に感じた直後、首筋に痛みが走る。
「い、った・・・ぁぅ」
ちぅ、ちぅ、と変に音を出すそれがなんなのかは分かっていたけど動けない俺にはどうすることも出来なくて。
しつこく首から胸元に吸い付く唇の熱さと、嘗め回す舌の動きに文句さえも出なくなった。
自分の熱と、雨の匂いとを感じながら、一瞬だけ携帯の心配をした。
END
08.04.07
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