僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
12






「今回はさすがに帰宅するのか?」

「!?」

 急に降ってきた声に大きく体が跳ねた。

 部屋に篭って一人、曲を聴いていた。手元にはいつでも先輩からの連絡に気付くようにと携帯を置いて、見慣れたジャケットをぼんやり眺めながら意識があるのかないのか、という感じで。

 声に振り向くと、僕の部屋の扉を開けて森岡が立っていた。
 目の前で流れる曲の音量を下げて、手にしていたCDケースをそっと置く。

「びっくりした…」

「何度かノックしたんだけどな。まぁ大したことじゃないけどノックした手前引き下がれなかったっていう」

 久々な森岡の顔と眩しい頭をついまじまじと見てしまう。こうやって声をかけてくれただけでも避けられていたんじゃなかったんだと言うことに安堵した。
 自分でもそんな卑屈な考えしか浮かばないことに苛立ちさえ覚える。僕の頭はマイナス思考しかないんじゃないだろうか。

「ごめん、気付かなかった」

「で、今回は帰宅するのか?夏休みもうすぐだけど…」

「――あー、うん。仕方ないよね。僕のところは別に親が外国暮らしって訳でもないから、予定通りっていうか指定されてる通り一週間は…帰宅かな」

「別に帰宅するっつって上手くやれば残ってられるんじゃないか?」

「…何かあったとき管理人さんが困るよ」

「どうしてもって言うなら俺が何とかしてやれるけど」

「えっ?」

 なぜそこまで森岡が僕にしてくれるんだろう?親切っていうだけじゃなくって、森岡は何を心配してくれているんだろうか・・・。

「も、森岡…別に僕は家に帰りたくない訳じゃ、なくって…」

 そこにある僕の存在が感じられないことが嫌なんだ。僕が居ていいのか、帰らなかったほうが良かったと思うことが怖い。

「森岡?」

 森岡の眉間にシワがよっていた。躊躇うように、言葉を吐き出す。

「お前、それ本心?家に帰りたくない訳じゃないって…本心から言ってんの?じゃあ俺の勝手な勘違いなのか?」

「え、何のこと…?」

「こないだの連休だって家に帰らなかったし、お前の体の傷、俺の勝手な推測だけど親からの虐待じゃないのか?」

「――!、ち、違うよっ」

 森岡にそんな事推測されてただなんて、恥ずかしい。でもそれを心配してくれての発言だと思うと…嬉しさも湧いて。

「あ、の…ありがと。そんな気にしてもらってたなんて思わなかった…」

 照れてるのだろうか森岡が何か発言しようとして、そっと視線を僕から外した。きっと、僕の身体を見ればみんながそう思うことだろうから森岡がそう推測したっておかしくない事だ。会長はいじめと言ったけれど、隅々まで知っている森岡なら、度々身体を重ねた森岡なら薄れてきた細かい傷なんかも見て、そう考えるだろう。

 先輩にも、そう思われる前に言っておいたほうがいいんだろうな。

「これは、僕の家はみんな忙しい人ばかりだから…ベビーシッターしてくれてた人が居てね、その人から受けたんだ」

「そうか、要らないおせっかいだったな」

「ううん、ありがとう。誰にも言った事無かったし、なんかちょっと嬉しいかも」

「誰にもって、親くらいは…」

「知らないんだ。ほんと僕親との関わりも薄いって言うか、存在自体が家でも薄いって言うか…」

 小さな頃から、親と一緒にお風呂に入ったなんて記憶はない。親の肌…数えるほどしか繋がれなかった掌のさえ、記憶に薄い。家族は居るのに本当に一人で生きてきたのと変わらないんじゃないかと思う。
 それでも親が居なければ此処まで育たなかったし、学校にだって行けてないと思うと感謝しなくちゃいけないんだ…。

 いつも思うのは普通の家庭が良かったって言う事だった。贅沢なんていらない。大きな家、大きな部屋、たくさんのお小遣い。そんな物よりも家族を感じれる距離でありふれた日常を過ごしていたかった。






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