僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
10
「――っ、詠仁さ…!」
周りの音なんて何も聞こえなかった。そこに居るのが先輩と僕だけなんだと感じる、混ざり合う吐息と絡みつく粘膜の音。
何度も追い上げられて、何度も口にさせられる「気持ち良い」という言葉。好きとか愛してるとか、そんな温かい言葉なんてものじゃなくて、快楽を伝える為だけの言葉。
その言葉に、先輩の気遣いを感じた。僕の気持ちが未だ曖昧だからこそ先輩だって言葉が欲しかったはずなのに。そんな先輩が僕に強制させたのは快楽によって吐き出される言葉ばかりだった。
いつか好きだと伝える時が。
いつか愛してると口にすることが出来るはず。
「椿ちゃ…」
「んっ、んんっ」
熱い先輩の身体をこの短時間に何度も刻み込んだ。そこに入り混じる感情が綺麗とは言いがたいものでも、お互いにお互いを求めてそれにおぼれるだけだった。
◇
目が覚めた時は、先輩の腕の中だった。背中から僕を包み込む温かい先輩の体温を感じて、頬がほころんだ。
一度森岡の腕に捕らえられた事もあった。あの時とは明らかに違う感情。満たされているような、思い合う、通じ合う気持ちがあるというだけでこれだけ温もりを素直に受け止める事が出来る。
寝てしまって力の抜けている輩の腕を取ると、また少し強めに自分の懐に引き寄せた。自分が先輩の胸の中に居る事をもっとしっかり、もっと強く感じていたいと。
しばらくして少し力の篭った先輩の腕と、首に這う先輩の唇から先輩が目を覚ました事を知った。
「…温かい。椿ちゃん温かいね」
ぎゅっと背中から抱きしめられる。そんな先輩の腕や体の方がずっと、温かいのに。
「椿ちゃん、部屋戻らないで此処に居れば?ひと部屋空いてるし」
「え?…でも学年違うと、申請、できないですよね」
申請をすれば部屋を変わる事だってできるなんて融通のきく寮だけど。実際簡単に変われるのはそれなりの理由だって必要だ。
「黙ってればいいよ。実際そうやってあっちこっちで自室以外に入り浸ってる奴等はいるんだから」
「はぁ…。っあ、くすぐったい、ですっ」
一度離れた先輩の唇がまた首筋に落とされる。人に触れられることがこんなにも気持いい事だと言う事、考えもしなかった。
「いい匂い」
「詠仁さんと、同じっ、ボディソープじゃないですかっ」
「…気持ちよかったね」
くすくすと笑う先輩が先ほど一緒に入った浴室でのことを言っているんだと思うと、僕はもう恥ずかしさのあまり消えてしまいたかった。
散々身体を重ねた後に、先輩は浴室でも僕に…。すっかり先輩との行為に慣れてしまって麻痺していたのだろう。多少の要求なら受け入れてしまえたその神経が今になっては恥ずかしいものでしかない。
「可愛かったよ?」
恥ずかしくって言葉にもならない僕をまた先輩はそうやって追い詰めた。
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