僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
09






「詠仁、さんっ…」

「ごめん、こんなタイミングじゃないって、分かってんのに…」

 戸惑いつつも、切羽詰ったような先輩の表情を見て、僕は小さく首を振った。

 先輩を、受け止めたい。ここにあるのはそれだけだった。先輩が僕を求めるのなら、差し出すまでだと。

「俺のものに、俺の手の内に、椿ちゃんを置いておきたいって…」

 そこまで思ってもらって、なのに僕の身体は何一つ綺麗ではない事が申し訳なくて、それに気付いた瞬間、先輩の身体をそっと押しのけていた。

 揺れる、先輩の瞳。

 そんなに不安に思うことなんて無いのに、悪いのは全て僕の方。先輩が僕の気持ちに対して不安を抱くのも、手を上げさせるほどの感情を抱かせてしまったのも、僕がはっきりとした言葉を先輩に伝えていないからだ。


「…違います、あのっ、嫌なんじゃなくて、僕が…僕先輩を不安にさせてますよね…。気持ちも、はっきりしてなくて…でもっ」

 上手く、感情が伝えられなくて、その事がもどかしかった。気持ち一つ伝える事が出来ない…。

「せ、先輩だけだからっ…今の僕には、先輩しか居なくって…ん、」

 先輩は僕の言葉に頷いて、そしてまた静かに唇を合わせてくる。それをまた押しのけた。

「ま、待ってくださいっ、僕…綺麗じゃなくってっ、身体、森岡と…関係もあるし、」

「それは気にしないよ、俺だってたくさんの人、男も女も知ってる身体だ」

「ち、違うんです。僕…傷がっ、綺麗な身体じゃなくって…」

 森岡にはこんな風な気持ちになった事なんてなかった。自分の身体のことを思う前に関係を持ったから。今思えば流されるように、抱かれた自分を信じられないとさえ思えるけど、森岡がそうさせたようにも思う。

 森岡は傷のことを問い詰めたりなんかしなかった、それは結果で、先輩がこの傷を見てなんて思うだろうか無数の小さな傷を持つ僕の皮膚を見て…離れたりしないだろうか…僕への気持ち、後悔しないだろうか。

 襲う不安は、どうやったって拭う事なんて出来ない。ただ、僕は伝えなくては先輩と先へは進めない。

「僕、身体に、傷が…あるんです、き、汚い」


 今向けられている気持ちが無くなるかもしれないと、それが僕の恐怖だ。


 シャツを強く握り締めた僕の手を、先輩が上からそっと手を添えて、そして柔らかくほぐすように僕の手を退けると裾から入り込んできた手に身体が強張った。

「大丈夫だよ、椿ちゃんは綺麗だよ。そんな綺麗な心は…本当に俺には……もったいないんだ。…ごめん、でも、手放したくない」

 自嘲的に微笑んだ先輩の表情に、胸が締め付けられるようだった。
 
「安心して。傷なんかで俺は椿ちゃんを…離さないよ」

「え、詠仁さん…」

 露になった肌に優しく口づけを落としていく先輩に、僕はそっと安堵した。このひとなら僕の全てを受け入れて、僕を見つめ続けてくれるんじゃないかって、そんな安心感を感じて、目を閉じた。先輩の唇を感じるために。





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