僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
08






 先輩の部屋と言うのは僕の部屋と大して変わりはしない2DKの造りに一人で入っている。この寮で部屋に一人だけというのは特別な人、もしくはそういった特別な人の都合で人数が合わず一人の部屋になる場合とがあった。

 基本二人部屋を原則としているのにも関わらず、その特別な人、と言うのは親の都合だったり本人の強い意志だったりでそれなりの物(お金)を納めた人に限る、と言う事らしい。部屋の改装も部屋を出る時に元に戻す事が出来るのならいくらでも好きなようにしていいとか。

 先輩の場合は後者、人数が合わずということでもう一つの部屋はいつ誰が入ってきても良いように綺麗に空いている。

 そんな先輩の部屋に入るのは数えるほどしかなかったけど、談話室で人の目が気になったり、一緒にDVDでも見ようかと言う時くらいにお邪魔していた。僕の部屋は、森岡も居て気を使うだろうし。


 先輩の後ろを着いて部屋に入ってからも、先輩は相変わらず口数少なく、手に持っていたトマトをテーブルに置いた。



「…先輩?――っ!」

 僕の問いかけを聞き終えるか終えないかで、たった今トマトを置いたその手が僕を引き寄せ、ソファの上に僕を転がした。

「せんぱ…」

「……公園に、椿ちゃんは一人で行って、誰に会った?誰と…」

 強い力で僕を押さえ込み、強い目で僕を見つめるその瞳は時折泳ぐ。

 怒りは、どうすれば収まるのか。先輩自信も抑えがきかずそれでも溢れてしまっている感情に戸惑っているようで、そんな葛藤を僕はどうすればなだめる事が出来るのだろうか。

 どうすればいいのか分からない、けれど問われた事に答えないとどうなってしまうんだろうか。大切にしまっておきたかった記憶は、出来事は、僕の物だけじゃなくなってしまう。…けれど。


「こ、公園で偶然…会長に会ったんです。そして…っ、」

 肩にかかった先輩の手に力が込められ、軋む痛みに顔をしかめた。

「い、痛――、先輩っ」


 ふわり、とそれまで重く圧し掛かっていた先輩の体が引くのを感じて、そしてそこからはスローモーションのように見えた先輩の動き。何が起こるのか、脳が全くついていかなかった。

 パン、と軽い音が響く。

 頬に受けた衝撃はそんな音のように軽い物じゃなかった。そんな衝撃よりも何よりも…先輩のその行動に、混乱するばかりで、痛みよりもその音に驚いた。

「せ…ん、ぱい」

「詠仁、だろ?」

 そう問いながら僕の肩に顔を埋めるように頭を下げてくる先輩は、酷く泣きそうな顔をしていた。


「……、…ご、め」

 肩に触れた先輩の口元から聞こえた小さな声は僕の身体に行き渡るように響いた。頬に受けた痛みなんてものはすでに感覚をなくして、腫れぼったく膨らんでいくようなジワジワしたものが残っているだけだった。

「…椿ちゃん、ごめん。椿ちゃんが俺のものだって…そんな独占欲。…会長と、とか…その店の存在とか―…」

 バスの中で聞かれて一番に浮かんだ素敵なお店。それを大切にしたいって、勝手にしまいこんだのは僕だ。

 先輩を…詠仁さんをこんな気持ちにさせてしまったのは僕のせいだ…。

「ご、…っ」

 謝罪の言葉は、先輩の唇に吸い込まれて、その代わりに僕は先輩の背中にそっと手を添えた。先輩の独占欲、それは…それだけ僕の事を思ってくれているのだから。ならば僕は出来る限り答えたい。

 僕に出来る事は…全て。






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