僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
07






 寮の大きな玄関の扉を開けると、ちょうど寮監室に入ろうとしていた管理人が振り向いた。手にある掃除道具などから庭の掃除か玄関の掃除を終えたところだろうか。

「おう、出かけてたのか」

「ただいま」

 薮内先輩と管理人に挨拶を交わして、寮の扉を閉めた時、管理人の視線が僕の手にしていた箱に移った。

「ん、また公園行ったのか?さては嵌ったんだろう」

 わはは、と笑う管理人の言葉に、焦りを覚えた。“その事”を言わないで欲しいと思うこの僕の気持ちは…薮内先輩に失礼だろうか。

「違いますよっ、これは駅で買ったプリンです…。すっごく混んでる人気のお店だったんですよ」

 出来るだけ変な空気を伝えないように、至って自然を装って返答をした。出来れば話を変える事が出来ればいいのだけど。

「ん?そうか、てっきり同じような箱だからあのシュークリームだと思い込んだよ」

「あのシュークリームって、なんですか?」

 そんな僕の心内なんて分かるわけもない先輩は管理人との会話を膨らませていく。もうこれ以上は、と思う僕はやっぱりどこか後ろめたくて…。

「あぁ、上にある運動公園知ってるか?あそこにあるカフェがなかなかのもんでな。そこで売られてるシュークリームが絶品なんだ」

「へぇ、知らなかった。そんな店できてるんですね」

「一度食べてみる価値ありだぞ」

「…椿ちゃんは食べた事あるんだ」

「え、……あ、はい」

 誰も気にしないような、気に止めないような、そんな違和感を一瞬感じたのだけど。それは後ろめたい僕の気のせいだろうか。

「あの時せっかく貰ったシュークリームを一つ分けてくれたんだったな、お返しといっちゃなんだけど、またトマト持っていくか?ちょっと待っとけ」

 そう言って、慌しく部屋に入っていった管理人の姿が消えたと同時に先輩が口を開いた。

「誰と…、誰かと行ったの?」

「え?」

「その美味しいシュークリームを買いに、誰と行ったの?」

「あ、いや、…行ったというか、公園には僕一人で行ったんです。管理人さんが暇ならって教えてく、」

「だから、誰と?」

「……、」

 先輩は僕の言葉を遮って、強い瞳で見つめてきた。その奥に感じたのは恐怖に近い何か。そこに怒りを秘めているような。そしてそれが怒りと言うのなら、何故なのかが分からなくて口をつぐんでしまった。

「椿ちゃん」

 口をつぐんだ僕に言い聞かせるように腕を掴み、名前を呼ばれた時、トマトの入った紙袋を抱えた管理人が出てきた。

「ほら、これだけあったら二人で分けれるだろう」

「…美味しそうなトマトですね、さっそく頂きます」

 先輩はトマトを受け取ると、用事は済んだとばかりに踵を返した。僕も慌てて管理人にお礼を伝え、先輩を追いかけるようにその場を後にした。



「せ…、詠仁さんっ何が…どうしたんですか?」

 明らかに先ほどまでとは様子の違う先輩に僕は戸惑うばかりだった。振り向きもせず歩いていく先輩の背中に言葉を投げ掛けても何の反応も示さない。

「椿ちゃん、俺の部屋行こうか。トマトも分けよう」

「…はい」

 僕の問いかけに対する返事ではなかったけれど、有無を言わせないような空気を感じて、僕はただ頷くだけだった。





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