僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
05
「もう食べないの?」
「え、えぇ?だって普通に食事は済みましたよ?」
「普通甘い物は別腹って…」
「それは女の子じゃないですか!?」
「椿ちゃんはそっちの部類じゃないの?」
「ち…ちがいますっ」
確かに甘い物は好きだけど、食事の直後には無理だ。3時のおやつだとか、食事を抜いてての甘い物なら良いけど成人男性が食べる量のランチを消費してからだと僕の胃は受け付けない。
「なぁんだ。楽しみにしてたのに」
「何をですか」
「椿ちゃんが幸せそうにデザート食べる姿」
「なっ…」
そんなにこやかに言われたって…。
「そんな事なら、ランチ少なめにしてました」
「じゃ、また時間置いてカフェ行こう」
そう言うと先輩は伝票を手にレジへ進むと、カードで支払いを済ませて店を出た。
「せ…、詠仁さん、ランチ代払います」
「デートだろ。俺に出させてくれよ」
「そんな!僕も男ですよ、それなら僕にも出させてください」
少し前を歩きながら財布をポケットにしまう先輩を追いかけた。この後は映画でも、っていう話をしていたからこのまま最上階の映画館に行くんだろう。近くにあったエレベーターのボタンを押して数字が上がって来るのを待つ。
「椿ちゃんって意外。もっと甘えたり…なんていうか受身かと思ってた」
「受身?」
「そう、もっと静かでこっちの言う事ハイハイ聞いて、自分の意見なんて持ってなさそうな…って酷いこと言ってるな」
そんなイメージだったのなら、何故先輩は僕の事を好きだとか思ったんだろうか。
「…思ったタイプとは、ずいぶん…違いますか?」
先輩がこんなはずではなかったのに、と思ったのなら。こんな僕には興味が無いとでも言うのなら、ちゃんと受け入れなくてはいけない。違うと思いながら続く関係を望んでいるわけでは…ないだろうから。
「いや、」
開いたエレベーターに乗り込んで、最上階のボタンを押す。
「椿ちゃんがどうであれ…俺の一方的なものを想像してたからな。なんかうぬぼれかも知れないけど、椿ちゃんも俺と居て楽しんでくれてんだろうな、って」
あぁ、これが恋だとか、誰かが教えてくれれば。
僕はきっと信じると思う。胸が温かくなって。恥ずかしいような嬉しいような感覚。
こんな風に僕を見てくれている人が居るなんて。こんな人が傍に居てくれる日が来るなんて、思いもしなかった。
「椿ちゃん、降りるよ」
「―…あ、はい」
回された手が暖かくて、これが公共の場で無かったら、今の自分の気持ちのまま先輩に寄り添い全てを委ねていたに違いない。
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