僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
03
「ちゃんと見えてねぇのに何言ってんだ」
「それはっ、これから少しずつ…」
張り詰めたような空気が流れる。こんなはずじゃないのに。森岡とこんな風に言い合いたいわけじゃないのに…。
控えめに響いた部屋のチャイムが僕と森岡の間にある硬い空気を開放した。
スッと森岡が立ち上がるのを見て、訪問者が誰か分かってしまうあたり、なんとも言えない気分になる。森岡という人間は特定の人を作らないんじゃなかったっけ?誰とでも関係を持つって噂だったはずなのに…。
それだけ佐古って特別なんだ、って知らされる。
「ごめん大晴、待たせた」
「いや、」
佐古が部屋に入ってきたところで、未だリビングに居た僕に視線が留まった。
「あ…、田嶋」
てっきり無視されるものだと思っていた所を、名前を呼ばれて体が強張るのが分かった。きっと自分が意識しているよりも苦手なんだと気付いた。佐古と直結して繋がるのが暴力による痛み、だからだろうか…。
小さく頭を下げて、自室に戻ろうと足を出した。
「あのさ、」
僕よりも華奢な体つきなのに、つかまれた腕の力は強いもので、その瞬間さっきまでの強張りもあるからかビクリと肩が揺れて、そんな明らかに佐古に対してビビっている自分が情けなくも感じた。
「…な、何?」
「僕…田嶋に感謝される事なんてしてないし、むしろ嫌われるような事しかしてないのに…なんであんなに僕の事助けるの」
強い瞳でそう告げる。
僕にだって、教えて欲しい。佐古なんて、放っておけばいいのに。
でも…
「痛いのとか嫌だし、助けて…欲しいとか、思ってるかと思ったら、」
体が動いたんだ。
きっとそこには僕を重ねているんだろう。自分を助けるのは自分しか、居ないって。
ぼそぼそと話した僕に苛々しているような表情の佐古。
「ありがとう」
「…え?」
「…田嶋に、感謝なんかしたくないけど…2回も助けられたら良心が痛むって言うか」
それはもう、本当に不服そうにする佐古だった。まさかの言葉に、僕は言葉も出なかった。
「ところでさ、薮内先輩と…噂なってるよね?付き合ってるって、本当?」
「本当だ」
そう、力強い声で肯定したのは森岡だった。
そしてその言葉に戸惑うような表情を見せた佐古。驚いたような、焦ったような、そして少し切なそうに。
「…そう、なんだ」
「佐古?」
「ううん、そうか…じゃぁもう会長をこそこそ追っかけたり無いってことだよね。安心した」
安心したような表情なんて全く感じなかったけど。そう口にする佐古。
「会長…?佐古は森岡と、」
森岡と付き合っているのに、未だ会長の追っかけだと言い張るのか、佐古は。
「・・・大晴とは割り切った関係だよ。お互いね。会長はもう別格だよね、あの人。僕はファンに変わりはないし、やっぱり田嶋が会長に迷惑をかけるようなら許さないよ?」
初めて会った時と同じようなセリフを言う佐古。でもその言い方はずいぶんと柔らかい口調だった。佐古は僕が先輩と付き合い始めたことで安心でもしたのだろうか、口角を少し上げて話す佐古にもう僕は恐怖を感じていなかった。
わかった、と一言返して自室の扉を開けると同時に、佐古に握られたままの腕に僕を引き止めるような力の入りを感じて視線を向けた。
佐古は、何かを言おうとして・・・そしてそれをやめて。
やっぱりその時の表情は複雑で。
森岡に呼ばれた佐古は結局、何も僕には伝えず森岡の部屋へと入っていった。
prev|back|next
[≪
novel]